超浅海域(内海、湖沼)での海洋性食糧増産と海面水温冷却装置開発プロジェクト
特定非営利活動法人エスコット
理事長 藤本 治生 ser.kashiwa@gmail.com
一般社団法人みなと総合研究財団
野口 孝俊 noguchi@wave.or.jp
序論
近年、気候変動の進行と人口増加に伴い、陸上における食料生産は限界に近づきつつある。
このため、持続可能な食糧供給の確保に向けて、海洋資源の有効活用が重要視されている。
沿岸海域における水産資源の増産手法の一つとして、人工湧昇による海洋生態系の活性化が挙げられる。
この手法では、栄養塩を豊富に含む深層水を海面近くへと移動させることで、植物プランクトンの増殖を促進し、水産資源の生産性向上を図るものである。
本研究では、人工湧昇技術の生態系への影響や持続可能な水産業への応用について考察する。
キーワード:
人工湧昇海域、波動式湧昇ポンプ、鉛直攪拌、貧栄養対策、酸欠対策、海洋へのCO2回収(DAC)、湧昇機能付き漁礁、底泥攪拌、メタン発生抑制、沿岸漁業活性化、生態系、環境意識
研究目的
本研究では、波力を利用した人工湧昇技術を活用し、持続可能な水産資源管理に寄与する新たなアプローチを提案する。具体的な目的は以下の通りである。
• 波動式湧昇ポンプの活用による栄養塩の再循環:エネルギーを外部供給することなく、海底堆積物から栄養塩を再循環させ、生態系の活性化を促す。
• DIY製造が可能な構造の導入:漁業関係者が自立運用できるよう、簡易かつ耐久性のある設計を開発する。
• 日本の広大な沿岸環境を活用した海洋肥沃化:多くの河川流入を持つ日本の海域に適した栄養塩供給技術を確立する。
• 低緯度地域での水産資源管理モデルとしての応用:世界的に漁業資源の枯渇が問題視される地域における管理モデルとしての可能性を検討する。
従来、天然湧昇域は海洋表面積の約0.1%に過ぎず、水産資源の増強に限定的な役割しか果たしてこなかった。本研究では、人工湧昇海域の形成を目指し、持続可能な食料生産基盤の構築を図る。
本
研究の新規性
本研究では、以下の革新的なアプローチを採用し、従来の海洋生態系活性化技術を発展させる。
• 波力を利用した人工湧昇装置の鉛直攪拌効果:水深0.1~3mにおける10cm単位の水温変化を精密に測定し、栄養塩供給量の最適化を図る。
• 外洋環境での長期実証試験:千葉県御宿町、伊勢湾湾央、勝浦市において、装置の耐久性・実用性を評価し、長期的な運用可能性を検証する。
研究項目
- 海水温調査:千葉県御宿町、伊勢湾湾央、勝浦市の実測データを解析し、人工湧昇装置の影響を評価する。
- 海洋肥沃化と海底耕耘:人工湧昇による栄養塩供給が水産生物群集に与える影響を分析する。
- 人工湧昇装置の開発とその効果:実証実験を通じて装置の最適化を行い、水産資源活性化の実効性を検討する。
- まとめ:本研究の成果を統合し、今後の実用化に向けた提言を行う。
水の赤外線吸収特性
水の光吸収特性に関する研究では、海面の薄い層が遠赤外線の大部分を吸収することが明らかになっている。
遠赤外線(熱線とも呼ばれる)は、波長4 – 1000 μmの電磁波に分類される。以下の表からも示されるように、1mmの水層が波長3μm以上の遠赤外線をほぼ100%吸収することが確認されている。この特性が、海面温度の異常な上昇を引き起こす主要因の一つであると考えられる。
本研究では、この遠赤外線の吸収特性が海洋環境に与える影響を評価し、人工湧昇技術との関係性を分析することで、水産資源活性化に寄与する新たな手法の構築を目指す。
表1-1:水の厚さと光の波長による透過率=出展:ソーラーシステム振興協会
1)千葉県御宿町岩和田漁港における水温・気温データの収集
本研究では、千葉県御宿町岩和田漁港の超浅海域(水深0.1m〜3m)における海水温データの収集と、小型人工湧昇装置の開発を実施した。
御宿町は外洋に面した漁業・観光資源の豊富な地域であり、水産業においてはイセエビやキンメダイの漁獲が盛んである。さらに、夏季の海水浴やサーフィンの拠点として知られており、沿岸環境の影響を受ける生態系の調査に適した条件を有する。
本調査では、浅海域の水温・気温の変動を詳細に解析し、人工湧昇技術による鉛直攪拌が海水温の調整や栄養塩循環に与える影響を評価することを目的とした。
今後の持続可能な水産資源管理のための基礎データとして活用することを想定している。
図1-1:千葉県御宿町
図1-1-2:岩和田漁港、写真左から御宿町岩和田漁港、試験水域と港内にある対気温度測定場所、計測ブイ
• 水深0.1mの水温変化
2024年7月の大気温度と水深0.1mの水温は日射とほぼ連動していた。
表1-1:大気温度と水深0.1mの温度グラフ=2024.7.1-2024.7.31
表1-1-2:陸上気温:水深0.1m:0.3m:2.0mの水温変化比較、2024.7.30
水温変動に関する解析
最高気温が35℃近くまで上昇した影響により、水深0.1mの海水温は12時~15時の間に28℃まで急上昇した。
しかし、水深0.3m(グレー線)および2.0m(黄色線)では顕著な温度変化は確認されなかった。
水温の水深別変動割合
水深0.1m~2.0m間の平均水温差を2.04℃とし、この値を基準(100)として水深別の熱吸収割合を算出した。
表1-2:水深別の水温比較(2024.7.1–2024.7.31)
本データは、異なる水深における熱吸収特性の違いを評価するために収集されたものであり、浅層ほど気温変化の影響を受けやすいことが示唆される。
この結果は、人工湧昇技術を活用した栄養塩供給システムの最適化にも重要な指標となる。
今後の研究では、鉛直攪拌による熱分布の均衡化が水産資源管理に与える影響についてさらに詳細な解析を行う予定である。
表1-2:水深0.1m:水深0.3m:水深2.0mの水温比較=2024.7.1-2024.7.31
鉛直水温変動の解析
本研究では、水深0.1m~2.0mにおける平均水温差を2.04℃とし、この値を基準(100)として水深別の熱吸収割合を算出した。
• 水深0.1m~0.3mの平均水温差は0.65℃であり、この層における熱吸収割合は全体の32%に達した。
• この結果は、水の光吸収特性によるものであり、特に太陽光エネルギーの大部分が極表層海面で吸収されていることを示している。
また、昼夜を問わず海面水温の高い状態が維持されていたことが確認され、約1カ月間にわたり鉛直転流が発生していないことが示唆された。これは、表層水が深層と十分に混合されていないことを意味し、水産資源管理における栄養塩供給の課題として考察される。
冬季の鉛直水温比較
以下に、2024年1月・2月(冬季)の鉛直水温変動データを示し、夏季との比較を行う。冬季においては、鉛直混合がどの程度進行するかを検証し、人工湧昇装置による水温制御の影響を評価する。
この研究により、人工湧昇技術の最適化に向けた基礎データを取得し、持続可能な海洋環境の管理に貢献することを目指す。
表1-3:2024年1月、水深0.3m:水深2.5mの水温比較
グレーの縦棒は鉛直水温差=0.3m水温マイナス2.5m水温を示す。
表1-4:2024年2月、水深0.3m:水深2.5mの水温比較
千葉県御宿岩和田漁港における季節別表層海面水温の解析
千葉県御宿岩和田漁港において、夏季(7月)および冬季(1月・2月)の観測データから、表層海面水温が深層水温より高く、鉛直転流が抑制されていることが示唆された。
この結果は、水温の成層化が発生し、表層の熱エネルギーが深層へ十分に拡散していないことを意味する。
特に夏季では、太陽光の強い吸収と昼夜を問わない高水温の維持が確認され、冬季においても水温の鉛直混合が限定的であることが推察される。
伊勢湾湾央における水温データ解析
本研究では、2024年8月の自動計測システムを活用し、伊勢湾湾央における水温データを取得・解析した。
特に浅海域の水温変動に着目し、鉛直方向の温度勾配の特徴を評価した。
伊勢湾は、湾奥から湾央にかけて栄養塩供給の違いが生じるため、水温変動が沿岸域と異なる可能性がある。本解析では、季節変動および外洋からの水塊交換の影響について考察し、人工湧昇技術の適用可能性を検討する。
今後の研究では、各地域における湧昇効果の実証実験を行い、水産資源活性化のための環境パラメータの最適化を進める予定である。
図1-1-1:計測ポイント「伊勢湾湾央データ」
表1-5:2024年8月1日15時の水深別水
伊勢湾湾央における鉛直水温変化の解析
本研究では、2024年8月の1カ月間にわたり伊勢湾湾央観測ポイントにおける鉛直水温変動を解析した。
水深0.1m~3.0mにおいて約3℃の水温低下が確認された後、水深19mまでは顕著な変化が見られなかった。さらに、水深19m以深の着底域では、約2℃の水温低下が観測された。
これらの結果は、表層から中層にかけての熱拡散が限定的であり、深層への鉛直混合が抑制されている可能性を示唆する。
本データは、人工湧昇技術の適用において、最適な栄養塩供給深度の設定や水産資源の生態学的影響評価に活用される。
1時間間隔での水温変動解析
表1-6では、2024年8月1日~8月29日の間における水深0.1mと水深3.0mの水温変化、および上下層間の水温差を1時間単位で記録した。
今後の研究では、鉛直方向の温度勾配が外洋からの水塊交換や大気条件の変化にどのような影響を受けるかを検討し、持続可能な沿岸環境管理に資する基礎データの蓄積を進める予定である。
表1-6:水深0.1m:水深3.0mの水温と上下の水温差、2024.08.01-08.29,インターバル=1時間
*水深0.1m(オレンジ)と水深3.0m(ブルー)緑の縦棒は鉛直水温差=0.1m-3.0m水温
図1-2:台風7号、台風10号通過経路
*日本気象協会HPより
伊勢湾湾央における鉛直水温変動の解析
本研究では、伊勢湾湾央における水深0.1m~3.0mの水温変動を観測し、その時間帯別の変化を評価した。
観測の結果、ほぼ全ての時間帯において、水深0.1mの水温が水深3.0mの水温を上回る傾向が確認された。
水深0.1mと3.0mの水温差は、最大4℃、平均0.6℃の範囲で変動した。特に8月中旬および8月後半では、海面水温の低下と鉛直方向の水温差の縮小が確認され、この現象は東方海上を通過した台風7号および台風10号による鉛直攪拌の影響であると推察される。
この結果をもとに、伊勢湾湾央においても夏季(8月)の期間は表層の水温が深層よりも高く、鉛直転流が抑制されていることが示唆された。
これは、夏季における表層の熱吸収特性と成層化の強化が要因として考えられる。
なお、冬季(1月・2月)の水温データについては、水深0.1m~3.0m間の詳細な計測値が不足しているため、精密な解析は困難である。
今後の研究では、冬季における鉛直方向の水温変動の測定を行い、季節変動による成層化の影響をより詳細に評価することが求められる。
伊勢湾湾央における溶存酸素DO(%)鉛直分布
本研究では、伊勢湾湾央の観測データを基に、溶存酸素DO(%)の鉛直変化を解析し、表層水温の上昇が溶存ガス濃度に与える影響について評価した。
表1-8: 酸素・CO₂溶存量の水温変化(出典:北海道大学LASBOS、日本マリンエンジニアリング学会)
表1-9:水深0.1m、3.0mの伊勢湾湾央でのDO(%)値比較、2024年8月
*ブルーの横棒はDO(%)値100
*水深0.1mと水深3.0mのDO(%)値に大きな開きがあった。
表1-10:溶存酸素量の日変化、2024年8月1日
*0.1mのDO(%)値は午前9時以降過飽和であった。
3)千葉県勝浦市鵜原沖における水温データの比較分析
本研究では、2022年4月1日~2023年3月31日の期間で千葉県勝浦市鵜原沖約60m地点に位置する勝浦海中展望塔直下の水深8mの水温と、気象庁による日別海面水温データ(静止気象衛星「ひまわり」観測)を比較・解析した。
- 解析の目的
• 海面水温(スキン)と水深8mの海水温の変動特性を比較し、鉛直方向の温度勾配を評価する。 - 解析方法
• 気象庁の静止気象衛星「ひまわり」による海面水温データ(日別記録)を用い、海中展望塔直下の水深8mの水温と比較。
• 鉛直方向の温度差の季節変動を評価。
表1-7:気象庁海面水温データと海中展望塔直下水深8mの水温データ
*データ提供:一般財団法人千葉県勝浦海中公園センター
観測の結果、年間の約95%の測定日において、海面水温が水深8mの水温を上回る傾向が確認された。
また、測定期間中の最大水温差は8℃に達した。
千葉県御宿町、勝浦市、伊勢湾湾央における水温、DO値データ解析結果:
- 表層海面水温>海中水温の状態が通年で維持されており、強い成層化が形成されていた。
- 日射による水温上昇は日中、特に表層海面付近で顕著であったが、水深2m程度では影響が限定的であった。
- 夏季(日中)では、水深2~3mの水温が海面水温と比較して2~3℃低いことが確認され、深度に応じた温度勾配の形成が認められた。
- 台風通過時には鉛直攪拌が発生し、水柱内部の温度均衡に一定の影響を与えたことが確認された。
- 日中の表層海面付近においてDO(%)値の過飽和状態が発生し、鉛直攪拌による酸欠防止効果が期待される可能性が示唆された。
(2)海洋肥沃化と海底耕耘に関する考察
- 海底耕耘の概要
海洋生態系の貧栄養化対策の一環として、海底耕耘が導入されている。この手法では、海底に熊手状の耕耘器具を沈め、漁船による曳航によって海底を直接攪拌し、底質環境の改善を図る。 - 海底耕耘の効果と生態系への影響
• 底質の撹拌により、海底に堆積した泥を拡散させ、ケイソウ類の種子の再浮遊を促進。
• 酸素供給の強化を通じて、底層における貧酸素化の抑制と、栄養塩の再循環を促す。
• 赤潮や貝毒の原因となる有害プランクトンの発生抑制が期待される。
これらの効果を実証するため、広島県鞆の浦や大阪湾などで試験施工が行われ、海域の水質改善に関するデータの収集が進められている。
図2-1では、海底耕耘を行う漁船(写真左下)および使用される熊手状の耕耘器具(写真右下)を示す。
図2-2:珪藻休眠細胞活性化
出展:環境維持保全研究会HP
図2-3:海底耕耘と見込まれる効果
*水中への栄養塩供給による基礎生産力向上
出展:広島大学統合生命科学研究科
以下、児島湾、湾奥部における海底耕耘の効果検証に関する広島大学統合生命科学研究科、特任助教 小原静夏論文の結論となる。
「底層でDIN,NH4-N濃度がそれぞれ約4.3,3.8µM上昇するなど,耕耘によって海域の栄養塩濃度が上昇した。
終了後は1時間以内に濃度は低下し,耕耘場所の外に流出した。
また,海中の栄養塩濃度の上昇は概ね巻き上げられた泥の間隙水中の栄養塩によるものと考えられた。
耕耘によって底泥表層が巻き上げられ,嫌気状態の下層が露出した。巻き上げられた泥および露出した泥中に酸素を供給する効果があることがわかり,有機物の分解が促進されることが期待された。」
2)海底耕耘の効果と課題
1:低層に沈降している栄養塩再循環の促進効果がある。
2:漁業関係者への直接的経済支援効果が期待できる。
3:漁船運航によるエネルギー消費(=CO2排出)の点で改善すき点がある。
4:海底付近での作業の為、海面水温冷却効果は期待できない。
(3)波力による人工湧昇装置=波動式湧昇ポンプ
開発経緯:
2019年の房総台風をきっかけにゼロから開発を始めた。
浅い水深に海面より数度低い水層がある事とは趣味のサーフィンを通し肌感覚では分かっていた。
また、海女が急な水温変化で危険な状況に陥る事も地元では認識されていた。
その為、水深数メートル下の低温水を汲み上げれば海面水温を下げられると直感していた。
揚水(湧昇)方法として考案したのが逆止弁の付いた塩ビ管をブイに吊るし水中に沈め、波の上下運動で低層水を汲みあげる波動式湧昇ポンプであった。
これは千葉に古くからある上総掘りという井戸掘り技術の応用であった。
上総掘りでは逆止弁の付いた鉄管を水で満たした穴に入れ上下に動かし、土を泥水と一緒に土を汲み上げる掘削技術である。
鉄管を上に引き上げる際、竹の弾性力を使うが波動式湧昇ポンプでは波力を使う点だけの違いである。
後にVershinskyが1983年に波力を利用し深層水を汲み上げる人工湧昇装置の最初の開発者である事を知った。
先行事例:
オーストラリア・グリフィス大学ゴールドコースト校の論文では湧昇水量に関し以下の様に述べている。
「上端にフロートを備えた垂直管で構成され、逆流防止弁が装備され波の上下運動により、管内の深層水(DO(%)W: Deep Ocean Water)を表層に汲み上げる。
効率は波の高さ0.35mのうねりの中、断面積0.071平方メートル(直径0.3m)のチューブで、30mの深さから毎秒10リットルを4秒周期で汲み上げる能力が実証された。」
逆止弁方式湧昇ポンプの利点については
1: シンプルな設計で小型化が可能。
2:波力のみを利用するためエネルギー供給が不要。
実用規模での効率向上が必要で波のエネルギー変換効率は入射波エネルギーの6%程度とされた。
以下の目的での利用可能とされた。
1:栄養豊富な深層水を表層に供給し、海洋生態系や漁業資源の増強。
2:台風やサイクロンの影響軽減(海面水温の冷却による)。
図3-1:波動式湧昇ポンプイラスト=出典:グリフィス大ゴールドコースト校
波力による人工湧昇ポンプ開発はハワイ大学、オレゴン大学によるハワイ沖での大規模試験を最後に新たな実験情報は見られない。
改良型の逆止弁式湧昇ポンプ:
NPOエスコットでは芝浦工業大学、機械工学部、旧田中耕太郎研究室と共同で2019年から波の上下運動だけで低層海水を汲み上げる逆止弁方式の波動式湧昇ポンプの開発を行った。
1)湧昇原理:
海面に浮かせた丸ブイの上下運動により海中に吊り下げられた湧昇ポンプが上昇と下降を繰り返す。
①上昇時には上部弁体が閉じ湧昇管上部が密閉され内部の水と共に上昇する。
②下降時には水の慣性と湧昇管下部から受ける上向き水圧により上部弁体が開き排水される。
図3-1-2:湧昇原理、出典:芝浦工業大学
図3-2:昆布を用いた湧昇可視化実験、出典:芝浦工業大学
図3-3:海中での湧昇画像、左:上昇時弁体閉鎖、右:下降時弁体開く*動画を編集した写真となる。
*吹き流しから下降時に弁が開き排水している状況が解る。
*波が小さい場合、弁体開閉幅は小さく、開閉回数が増える。
2)構造とその役割
以下、3つ部分より構成される。
①浮体(ブイ)部=海面に浮かび波風のエネルギーをとらえる。
②逆止弁付き湧昇管部=浮体から海中に吊り下げられ低層水を汲み上げる。
③その他=湧昇管クリーニング、海底耕耘機能
①浮体(ブイ)部=海面に浮かび波風のエネルギーをとらえる。
図3-4:湧昇ポンプ全体のイラスト
a:ブイと湧昇管周辺でのロープワーク
1:湧昇管牽引ロープと固定ロープを2本独立に使用し流失対策とした。
2:ブイの摩耗防止する為、その部分のロープをホースでカバーした。
3: 牽引ロープを逆止弁の左右2箇所とし湧昇管の回転、歳差運動由来のエネルギーロス対策とした。
4:ブイと固定部(アンカーまたは基幹ロープ)の連結では逆止弁からの排水方向を風下に保持するようにした。
図3-5: ブイ周りのロープ連結法
図3-5-1:ブイ穴が摩耗、写真左が通常ブイ穴
b:ブイ上の受風ポール
ブイ上部に受風ポールを対水平方向、約45°取りつけた。
図3-6:受風ポール
*塩ビ管キャップをシリコーンとビスで固定し受風ポールを取り付け
受風ポール取り付け効果
1:ブイの振り子運動による湧昇管引き上げ作用
2:受風ポールは常に風下側に倒れ揚水を風下側に送水
図3-7:ブイ倒れによる引き上げ効果
*引き上げ高(h)=ブイ半径(r)―ブイ半径(r)xcosθ
図3-8:角度をもって装着しているのでブイは風下側に倒れる
*風下に傾斜する受風ポール付きブイ
図3-9:湧昇水の風下側拡散を示すイラスト
②逆止弁付き湧昇管部=浮体から海中に吊り下げられ低層水を汲み上げる。
a:逆止弁
- 弁体中央部はポリカーボネート板2mmx2の2重強化構造とした。
- 上昇時の水圧を減らす為、弁体は斜め(対水平角30°)に取り付けた。
- 2~4万回/日の開閉に耐える軸の太い重量ヒンジを採用した。
- 不規則波での弁体開閉不全を減らす為、閉じ力弾性体としてタイヤを採用した。
- 弁体固定用ボルト、ナットには錆に強いSUS314を使用した。
図3-10:逆止弁画像
*塩ビ管接手VU100をベースにし普及の為の汎用性を高めた。
図3-11:逆止弁構造と各部名称
b:湧昇管
湧昇管素材には汎用性、加工性、経済性より排水管部品として使われる塩ビ管を使用。
湧昇管上部からVU100+異径接手VU100/200+VU200連結方式を採用した。
図2-11:湧昇管の連結構造
異径管による効果
- 内海特有の小波、不規則波での高い反応性向上=5センチの波でも確実に湧昇
- 全体の軽量化=作業負担軽減、ブイ沈み込みロス低減、振動周期短縮
- 排水時の管内流速増加=海面での拡散面積の広域化
- 逆止弁の小型化=弁体、使用金具の破損対策、上昇時水圧抵抗軽減
c:その他=湧昇管のクリーニング、海底攪拌
湧昇管内にVP25の塩ビ管と10㎜ロープを組み合わせたクリーニング・バーを吊り下げ生物着生対策と海底攪拌機能を付加した。
図2-12:内部クリーニング兼海底攪拌バー
*バーの側面のロープが湧昇管の内面をスイープし生物着生を抑制
効果:
- 生物付着防止=湧昇量維持
- 海底耕耘効果=海底堆積養分の再循環
- 湧昇管垂直支持=潮流による湧昇管の傾斜抑制
図2-13:生物着生
写真左上=フジツボ、右上=海藻と砂堆積、中断2枚=ワカメ着生、左下=ムール貝(管外部)、右下=カキ着生(管内部)
*生物付着は流量減少、重量増による振動回数減少となる。
③その他=湧昇管クリーニング、海底耕耘機能
a:流失と原因と対策
1. ブイ+湧昇ポンプ本体セットごと流失x1回、原因はロープワーク強度
⇒漁業関係者の経験値に基づくノウハウ習得(薩摩縛り等)
2. 湧昇ポンプ本体流失x1回、原因はロープ摩耗切れ
⇒予備ロープ投入
3. 温度計測ブイ+ロガーケース流失、1回は不明(石巻鮫浦湾の委託計測で発生)
⇒委託先指導強化
4. ロガーケース流失x7回、原因は固定強度不足、海底との反復衝突
⇒設置場所変更
5. ロガーケース漏水x5回、原因はパッキン部の汚れ、海底との反復接触
⇒ロガーケース内での2重防水、ケース内に連絡先記載
b:湧昇ポンプ破損と考えられる原因と対策
- 弁体破損複数回、原因は強度不足⇒2重構造採用
- ボルトさび、変形、⇒SUS316に変更
- ヒンジ摩耗、年間0.1㎜ほどで許容範囲
- ワッシャー割れ、t1.5㎜に特注ワッシャー起用
- 湧昇管内部クリーニング用鎖痩せ、バー+ロープ方式に変更
図2-14:破損部品画像=写真左上=弁体割れ、右上=ボルトさび、変形、左下=ヒンジ摩耗0.1㎜/年、中央下=ワッシャー割れ、右下=鎖細り
3:湧昇効果と湧昇量について:
湧昇ポンプの有無による鉛直水温差比較による湧昇効率検証を試みた。
① 検証試験
試験水面:千葉県御宿町岩和田漁港
装置形態:湧昇管VU125、全長2m
検証方法:湧昇機能の在る湧昇管とない塩ビ管(共に長さ2m)を3m離して敷設し水深0.2m:2.0mの水温変化を比較(計測インターバル15分)
図3-1:試験実施図
図3-1-1:温度ロガー設置状況
表3-1:湧昇ポンプ有無による1週間の鉛直水温比較試験結果=2023.9.11~2023.9.18
*赤色の帯は波動湧昇ポンプにより冷却可能な水層
表3-2:湧昇ポンプ有無による1日の鉛直水温比較試験結果=2023.9.15
*湧昇ポンプにより鉛直水温差が約半分に縮小
表3-2-1:湧昇ポンプ無しでの鉛直水温変化、水深0.3m:水深2.0m=2024.9.16―2024.11.29
*平均水温差=0.47℃
表3-2-2:改良型湧昇ポンプ(VU100/200)での鉛直水温変化、水深0.3m:水深2.0m=2024.9.16―2024.11.29
*平均水温差=0.21℃
水深2.0mの海水を水深0.3mに汲み上げたことにより平均水温差が46%低減した。
② 湧昇量計算
湧昇量については湧昇管内に収納可能なコンパクトな積算型流量計がなかった為、オーストラリアのグリフィス大学ゴールドコースト校の計算式を用いる。
表3-3:Griffith University Gold Coast Campusの計算式
*A はチューブの面積,H は谷から頂上までの波の高さ,T は波の周期を表す。
ポンプの最大上昇速度は水面の最大上昇速度と等しいと仮定する。
湧昇流の理論式:
Q_th=πAH/T (-∆ρ/ρ gAT)
(A : パイプ断面積、H : 振幅、T : 波周期)
(ρ : 水の密度、∆ρ : 密度差、g : 重力加速度)
水深の浅い層からの湧昇を前提とするので海水の比重差によるロスは無視する。
表3-4:湧昇量試算、上部管径100㎜+下部管径200㎜
*波高50㎝、周期3秒で約450㌧/日
③ 湧昇水の海面拡散面積試算
波高、周期は表3-4と同じとした。
表層流速の試算には以下、参考文献と千葉県年間平均風速(下線部数値)の中間値を採用した。水温差由来の比重差は深層海水汲み上げと異なり軽微であるため無視した。
表3-5:湧昇水の海面拡散面積試算
*拡散面積(水層厚=0.1m)は約4370m2/日と試算
表層流試算での参考文献
a:参考文献:風による表層流に関しては東北大理学部地球物理,近藤純正氏が気象庁への問い合わせに対する以下、公開された返信文を起用した。
「海面付近の吹送流(風による表層流)の流速は、一般的に風速の3〜5%程度であることが多いとされています。」
b:千葉県沿岸部の年間平均風速は以下の情報を起用した。
「千葉県沿岸部の年間平均風速は、地域によって異なりますが、おおむね 3~4 m/s の範囲に収まる地点が多いとされています。」
(4)まとめ
本研究では、波動式湧昇ポンプを活用した海洋環境の改善について検討した。
調査の結果、水深0.1~0.3mの海水は太陽光を強く吸収し、顕著な温度上昇を示すことが確認された。
この高温化した海表面から大量の水蒸気が発生し、同時に酸素やCO₂の海洋への溶解が阻害されていることが示唆された。
一方、水深2~3mには水深0.1~0.3mと比べて2~3℃低い水層が存在し、波動式湧昇ポンプを用いることで、この低層水を汲み上げ、上下水温差の約50%程度の冷却が可能であることが判明した。
さらに、水深0.1~0.3mの水温が水深2~3mの水温を上回る状態は年間を通じて継続し、海域全体の転流が不足しているため、貧酸素状態が続いていることが確認された。
これにより、磯焼けや漁業不振の要因となっていることが示唆される。
本研究では、波動式湧昇ポンプの活用により、沿岸域の水産資源を活性化する可能性が示された。
具体的には河口域や海流の影響を受けにくい内海、大量の餌散布が行われる養魚いけす周辺に設置し鉛直攪拌を行うことで、沈殿した栄養塩の再拡散を促し、海洋への酸素やCO₂の供給量を改善できる。
これまで、海洋環境の改善には巨大な深層水汲み上げ装置が必要と考えられていたが、本研究はその代替となる、より管理しやすく持続可能な技術を示すものである。
波動式湧昇ポンプの活用により、転流不足による海洋の貧酸素化を改善し、沿岸水域の水産資源を活性化する新たな手法の可能性を示した。
波動式湧昇装置についてのまとめ
- ゼロエネルギー:
i. 波力のみでを利用するため、外部エネルギー源不要
ii. 2次汚染の発生を防止 - 多目的利用:
i. 夏から秋にかけて海面水温冷却による台風/豪雨制御
ii. 転流促進による低層のDO(%)値改善による魚介類の酸欠死防止
iii. 海洋プランクトン増による魚介類の漁獲高向上
iv. 漁礁効果(湧昇管外部) - 汎用性と標準化:
i. 逆止弁以外は排水管(VU100とVU200)を使用、部品の汎用性を確保
ii. 漁業関係者が自ら製造、使用、販売、廃棄が可能 - 環境への配慮:
i. クリーニング・バーによる湧昇管内部での生態系(海藻、貝等)の着生防止 - 適応性:
i. 設置海域特性に応じサイズ調整可能
ii. 小型化軽量化により設置、撤去、廃棄が簡単
iii. 海洋散布肥料とのコラボレーションによる海洋肥沃化
iv. ノリ、アサリ、カキなど対象魚種に合わせた改良が可能
v. 既存ブイ、既設浮体(船舶、航路ブイ等)の活用
vi. 台風発生直後のウネリ到達時より湧昇水量アップ=揚水量の自動調整
将来的効果について: i. 海面水温の冷却による水蒸気発生抑制=台風、ハリケーン、サイクロン大型化制御
ii. 沿岸湧昇海域創成による水産資源の活性化=人工の湧昇海域
iii. 河口域設置で堆積する養分再拡散による海洋肥沃化=貧栄養対策
iv. 海面水温冷却によるCO2回収量の物理的増加=DAC機能
v. 漁業の持続可能性向上=SDGs
進行中の関連研究: i. 磁力シートによる鉄回収と再拡散、生物着生防止機能検証中
ii. 幹線ロープによる湧昇管外側の生物着生防止法検証中
謝辞:
本研究遂行にあたり。実験水域と機材保管庫の提供を快くお引受け頂いた御宿岩和田漁業協同組合の畑中英男組合長に深く感謝申し上げたい。畑中組合長には長い外洋での漁師経験に基づいた海洋現場ならではの知見に基づくアドバイスを頂戴した。
また、海域使用許可を頂いた御宿町役場にも感謝申し上げる。
更に大学ならではの視点からアイディア、装置提供を行って頂いた芝浦工業大学の田中耕太郎元教授並びに学生の皆様も感謝申し上げる。
参考文献:
1) Brian Kirke :Enhancing fish stocks with wave-powered artificial upwelling,Ocean & Coastal Management
Volume 46, Issues 9–10, 2003, Pages 901-915
2)高橋真夢:波力駆動式湧昇ポンプの揚水量及び鉛直変位の評価方法の構築 ,芝浦工業大学工学部卒業論文P9,P37,2021.
3)岡山水研報告 38 1〜7,2023
児島湾で実施した海底耕耘による栄養塩供給効果と底質改善効果
乾元気・高木秀蔵・山下泰司・古村振