波動式湧昇ポンプが光量および濁度に及ぼす影響に関する科学的考察
NPOエスコット 技術資料(論文形式)
1. 序論(Introduction)
沿岸域では、海洋熱波・気温上昇・富栄養化などにより、表層の水温上昇(ヒートスキン層形成)、植物プランクトンの増殖、濁度上昇、光透過率低下が進行している。この悪循環は、藻場(アマモ場等)の生育阻害やブルーカーボン機能の低下につながる。
本研究の目的は、波動式湧昇ポンプ(エスコット製)によって供給される浅海深層水が、光量(光透過)および濁度(turbidity)に影響を与える科学的根拠を整理し、藻場生育改善に与える貢献を評価することである。
2. 技術概要(Technology Overview)
波動式湧昇ポンプは、
- 波力のみで駆動するゼロエネルギー装置
- 浅海域(3〜5m)から低温・低濁度の深層水を吸引
- 海面直下(0〜10cm)で広範囲に水平拡散
- 幅広ヒレ型逆止弁と異径管連結により小波でも確実揚水
- 生物付着抑制(管内)・付着促進(外部)機能を併せ持つ
という特徴を有する。
3. 波動式湧昇ポンプが光量および濁度に影響を与えるメカニズム
3-1. 深層水の特性:濁度が低く透明度が高い
浅海域では、太陽光の届かない深層(3〜5m)は以下の性質を持つ:
- 粒子は沈降し、浮遊懸濁物質濃度が低い
- 光量が乏しいため植物プランクトンが少ない
- 陸域流入・表層撹乱の影響を受けにくい
従って、深層水は表層水より濁度が低く透明度が高いという海洋物理学の一般則が成立する。
→ この透明度の高い水を表層に供給すれば、表層濁度の希釈が生じる。
3-2. 表層水温低下による植物プランクトン増殖の抑制
植物プランクトンは水温依存性が強く、
水温が10℃上がると生育速度が2倍になる(Q10効果)。
晴天時の表層(0〜20cm)は「ヒートスキン層」と呼ばれ、周囲より +2〜4℃高温となり、植物プランクトン増殖の主因となる。
波動式湧昇ポンプが供給する冷水により、
- SST低下
- 高温薄層の縮小
が起こり、結果として
→ 植物プランクトンの増殖速度が低下 → 濁度上昇が抑制される。
これは濁度改善と光量改善の“間接効果”である。
3-3. 水温躍層(成層)の弱化 → 混合促進 → 濁度改善
表層高温によって成層が強化されると、
濁った水が“表層に閉じ込められる”ため光透過率はさらに低下する。
湧昇ポンプは
- 冷水供給により成層を弱化
- 表層の濁度の高い水塊が混合されやすくなる
→ 表層の濁りが薄まり、光の通りが改善する。
海洋学では「冷却 → 成層弱化 → 光透過改善」はよく知られたメカニズムである。
3-4. 海面直下(0〜10cm)の高温層を薄くし光量を改善
波動式湧昇ポンプの特筆すべき特徴は
海面数cmの超浅層で水を拡散できる点である。
海面に形成される高温薄層は、
- 温度差による密度差
- 表層の濁水滞留
を引き起こし、光の減衰を強化する。
冷水がこの層を薄めることで、
→ 高温薄層が薄まり、光がより深部まで届く。
藻場にとって最も重要な因子(光量)に直結する。
3-5. パヤオ効果(付着生物の増加)による濁度低下
湧昇ポンプの外部は生物付着が進みやすい構造のため、
- 付着藻類
- 二枚貝類(濾過食者)
- 微細付着生物
が集まり、懸濁物質を摂食し濁度を低下させる。
これは実海域のパヤオ(FAD: Fish Aggregating Device)で見られる典型的な水質改善効果である。
4. 波動式湧昇ポンプの光量・濁度改善効果の総合評価
以下の複合効果により、光量と濁度の改善が合理的に説明される:
(1)深層の透明度の高い水による希釈
→ 表層濁度が直接下がる
(2)冷却によるプランクトン増殖速度の抑制
→ 濁度の“発生源”を抑制
(3)成層弱化による混合促進
→ 表層の濁り滞留層が薄くなる
(4)海面高温薄層の縮小による光透過性向上
→ 光が深く届き、藻場の光合成環境が改善
(5)付着生物の濾過摂食による濁度低減
→ 生物学的な水質改善作用
これらはすべて海洋学・海洋生態学の既知のプロセスと整合している。
5. アマモ場(藻場)への効果
- 光量増加 → 光合成促進 → 成長速度向上
- 濁度低下 → 光の減衰率(kd)低下 → 深度方向の生育適性拡大
- 水温低下 → 夏季の高温ストレス緩和
- 成層弱化 → 酸素供給増加 → 枯死リスク低減
→ 湧昇ポンプはアマモのHSIスコアを押し上げる方向に働く。
(日本工営の MobaDAS が評価する「光量」「濁度」「水温」「底質」のうち、特に光量・濁度・水温に同時に作用する。)
6. 結論(Conclusion)
波動式湧昇ポンプは、浅海域の冷水を表層に供給することにより、
- 表層濁度の希釈
- 表層冷却による植物プランクトン増殖抑制
- 成層弱化による混合促進
- 光透過率の向上
- 付着生物による濁度減少
という複数の海洋プロセスを通じて、光量および濁度に対して改善方向の影響を与える。
これらの作用は藻場(アマモ場)生育環境を改善し、
藻場造成・ブルーカーボン創出・海洋熱波対策などの沿岸域環境施策において、
波動式湧昇ポンプとMobaDASの連携が大きな相乗効果を生むことを示唆している。
