波動式湧昇ポンプ研究開発論文
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超浅海域(内海、湖沼)における鉛直攪拌効果と湧昇装置開発プロジェクト
波動式湧昇ポンプによる海洋食料増産と海面水温冷却
特定非営利活動法人エスコット
理事長 藤本 治生 ser.kashiwa@gmail.com
一般社団法人みなと総合研究財団
野口 孝俊 noguchi@wave.or.jp
はじめに
陸上での食料生産は干ばつ、高温化、豪雨、山林火災等の気象リスクにより更なる不安定化が予想される。
世界的にも人口増による需要増に対応するには新たな食料増産技術開発は不可避な課題となっている。
本研究は沿岸海域での食料増産技術に関するものである。
具体的には養分豊富な低層水を海面付近に汲み上げる小型湧昇装置開発である。
世界の漁獲高の約半分はミネラルを含んだ低層水が海面に湧き上がる湧昇海域であり、その面積は全海洋のわずか0.1%しかないと云われている。
陸上農業で投入された肥料の大半は河川経由で海洋へ放流されている。
人工湧昇により河口域に堆積する窒素、リン等を海面付近に循環させ植物プランクトンを増やす。
具体的には資源、エネルギー投入不要な波動式湧昇ポンプを河口周辺域に敷設し波の力で堆積栄養塩の再循環を促す。
湧昇装置は小型軽量でDIY製造が可能な構造とし敷設、維持管理、廃棄までを漁業関係者自らの手で実施可能なものとする。
世界第6位の海洋面積を持ち、多数の河川の多いつ日本に於いて海洋肥沃化の有効な手法となり得る。
世界的にも小型湧昇ポンプによる海底耕耘モデルは低緯度地域で効果的な水産資源活性化手段となるものと考えられる。
キーワード 人工湧昇海域、波動式湧昇ポンプ、鉛直攪拌、貧栄養対策、酸欠対策、海洋へのCO2回収(DAC)、湧昇機能付き漁礁、底泥攪拌、メタン発生抑制、沿岸漁業活性化、生態系、環境意識
研究目的と新規性
本研究の目的は波力を用いた人工湧昇装置による鉛直攪拌効果検証である。
その新規性は以下の2点である。
1.鉛直水温の周年変化を10㎝単位で計測、特に水深0.1~3mの範囲でのデータ収集と解析を行う。
2.外洋に面した実験水域で長期実証試験を行い実用性、耐久性のある装置開発を目指す。
研究項目
(1)海水温調査:千葉県御宿町、伊勢湾湾央、勝浦市でのデータ解析
(2)海洋肥沃化と海底耕耘
(3)人工湧昇装置開発と効果
(4)まとめ
(1)海水温調査:千葉県御宿町、伊勢湾湾央、勝浦市でのデータ解析
水の赤外線吸収特性
水の光吸収特性から海面の薄い層が遠赤外線の大部分を吸収していると考えられる。
遠赤外線とは熱線とも呼ばれ、波長4 – 1000 μmの電磁波である。
以下の表からもわかる様に1mm水の層が波長3μm以上の遠赤外線をほぼ100%吸収している事を示している。
これが海面が異常に高温化する主原因であると考えられる。
表1-1:水の厚さと光の波長による透過率=出展:ソーラーシステム振興協会

1)千葉県御宿岩和田漁港での水温、気温データ
千葉県御宿町岩和田漁港の一区画、水深0.1mから水深3m程度の超浅海域での海水温データ収集と小型人工湧昇装置開発を行った。
御宿町は外洋に面し水産分野ではイセエビ、キンメダイ、観光においては夏場の海水浴、サーフィンのメッカとしてもお知られている。
図1-1:千葉県御宿町

図1-1-2:岩和田漁港、写真左から御宿町岩和田漁港、試験水域と港内にある対気温度測定場所、計測ブイ

- 水深0.1mの水温変化
2024年7月の大気温度と水深0.1mの水温は日射とほぼ連動していた。
表1-1:大気温度と水深0.1mの温度グラフ=2024.7.1-2024.7.31

表1-1-2:陸上気温:水深0.1m:0.3m:2.0mの水温変化比較、2024.7.30

最高気温が35℃近くまで上昇した。これに伴い水深0.1mの水温は12時~15時の間に28℃まで急上昇した。
しかし、水深0.3m(グレー線)、2.0m(黄色線)では大きな変化は見られなかった。
- 水温の水深別変動割合
水深0.1m~2.0m間の平均水温差2.04℃を100とし水深別の熱吸収割合を示す。
表1-2:水深0.1m:水深0.3m:水深2.0mの水温比較=2024.7.1-2024.7.31

全区間:水深0.1m~2.0m間の平均水温差2.04℃=100
水深0.1m~0.3mの平均水温差0.65℃でこの間の吸収割合は全体の32%であった。
前記、水の光吸収特性によるもので太陽光エネルギーの多くが極表層海面で吸収されている。
また、昼夜を問わず海面水温が高い状態が維持され(ほぼ一カ月間)鉛直転流していない事が示された。
- 冬季の鉛直水温比較
以下、2024年1月、2月(冬期)の鉛直水温変化となる。
表1-3:2024年1月、水深0.3m:水深2.5mの水温比較
グレーの縦棒は鉛直水温差=0.3m水温マイナス2.5m水温を示す。

表1-4:2024年2月、水深0.3m:水深2.5mの水温比較

千葉県御宿岩和田漁港においては夏季7月、冬季1月、2月の期間に表層海面水温がその下の水温より高く、転流が抑制されていることが推察された。
2)伊勢湾湾央データ
*2024年8月の自動計測システムにより得られた伊勢湾湾央データを頂戴し浅海域での解析を行った。
図1-1-1:計測ポイント「伊勢湾湾央データ」

表1-5:2024年8月1日15時の水深別水

水深0.1m~3.0m間で約3℃の水温低下がみられた後、水深19mまで変化なく
19mから着底までの間で約2℃の水温低下がみられた。
伊勢湾湾央観測ポイントに於ける8月一カ月間の海水温変化と水温差を1時間毎に示した。
表1-6:水深0.1m:水深3.0mの水温と上下の水温差、2024.08.01-08.29,インターバル=1時間
*水深0.1m(オレンジ)と水深3.0m(ブルー)緑の縦棒は鉛直水温差=0.1m-3.0m水温

図1-2:台風7号、台風10号通過経路

*日本気象協会HPより
ほぼ全ての時間帯で水深0.1m水温>水深3.0m水温であった。
水深0.1mから水深3.0mの水温を引いた水温差は最大4℃、平均0.6℃であった。
また、8月中旬と8月後半に海面水温低下と鉛直水温差縮小がみられた。
これは東の海上を通過した台風7号、台風10号による海水鉛直攪拌が原因と推察される。
以上より伊勢湾においても夏季8月の期間に海面水温がその下の水温より高く転流が生じていないものとみられた。
ちなみに伊勢湾湾央における冬季水温に関しては水深0.1m~3.0m間の詳細データがない為、解析不能であった。
- DO値の鉛直変化、伊勢湾湾央データより
表層海面水温の上昇が酸素、二酸化炭素の溶存量を減らす要素になっている。
表1-8: 酸素、CO2溶存量の水温変化=出典:北海道大学LASBOS、日本マリンエンジニアリング学会

表1-9:水深0.1m、3.0mの伊勢湾湾央でのDO値比較、2024年8月
*ブルーの横棒はDO値100

*水深0.1mと水深3.0mのDO値に大きな開きがあった。
表1-10:溶存酸素量の日変化、2024年8月1日

*0.1mのDO値は午前9時以降過飽和であった。
3)千葉県勝浦市鵜原沖60m、水深8.0mと海面水温(スキン)データ
2022年4月1日~2023年3月31日の沖合約60mにある勝浦海中展望塔直下の水深8mの水温と気象庁、日別海面水温データ(静止気象衛星ひまわりによる海面水温)を比較したものである。
表1-7:気象庁海面水温データと海中展望塔直下水深8mの水温データ
*データ提供:一般財団法人千葉県勝浦海中公園センター

この結果、年間の約95%の測定日で海面水温>水深8m水温であった。
また、この間の最大水温差は8℃であった。
- 水温データ解析結果
1:表層海面水温>海中水温の状態が常態化していた。
2:日射による水温上昇は日中、表層海面付近で特に顕著であったが水深2m程での影響は小さかった。
3:夏場(日中)は水深2~3mの水温は海面と比くらべ2~3℃低いことが確認された。
4:台風の周辺通過による鉛直攪拌が確認され鉛直攪拌効果が判明した。
5:DO値は日中の表層海面付近で過飽和で攪拌による酸欠防止効果が推察された。
(2)海洋肥沃化と海底耕耘
海域の貧栄養対策の一つに海底耕耘がある。
海底に沈めた熊手状器具を漁船で引っ張り、海底を直接耕すものである。
1)海底耕耘の効果について
海底耕耘では海底の泥を撹拌し、ケイソウ類の種を巻き上げ、海底に酸素の供給等を行う。
赤潮・貝毒のプランクトン発生抑制として広島県鞆の浦、大阪湾などで試験施工が行われている。
図2-1:海底耕耘を行う漁船(写真左下)、海底耕耘用器具(写真右下)

図2-2:珪藻休眠細胞活性化

出展:環境維持保全研究会HP
図2-3:海底耕耘と見込まれる効果
*水中への栄養塩供給による基礎生産力向上

出展:広島大学統合生命科学研究科
以下、児島湾、湾奥部における海底耕耘の効果検証に関する広島大学統合生命科学研究科、特任助教 小原静夏論文の結論となる。
「底層でDIN,NH4-N濃度がそれぞれ約4.3,3.8µM上昇するなど,耕耘によって海域の栄養塩濃度が上昇した。
終了後は1時間以内に濃度は低下し,耕耘場所の外に流出した。
また,海中の栄養塩濃度の上昇は概ね巻き上げられた泥の間隙水中の栄養塩によるものと考えられた。
耕耘によって底泥表層が巻き上げられ,嫌気状態の下層が露出した。巻き上げられた泥および露出した泥中に酸素を供給する効果があることがわかり,有機物の分解が促進されることが期待された。」
2)海底耕耘の効果と課題
1:低層に沈降している栄養塩再循環の促進効果がある。
2:漁業関係者への直接的経済支援効果が期待できる。
3:漁船運航によるエネルギー消費(=CO2排出)の点で改善すき点がある。
4:海底付近での作業の為、湧昇効果は期待できない。
(3)波力による人工湧昇装置開発と効果
- 開発経緯
2019年の房総台風をきっかけにゼロから開発を始めた。
浅い水深に海面より数度低い水層がある事とは趣味のサーフィンを通し肌感覚では分かっていた。
また、海女が急な水温変化で危険な状況に陥る事も地元では周知であった。
その為、水深数メートル下の低温水を汲み上げれば海面水温を下げられると直感していた。
揚水(湧昇)方法として考案したのが逆止弁の付いた塩ビ管をブイに吊るし水中に沈め、波の上下運動で低層水を汲みあげる波動式湧昇ポンプであった。
これは千葉に古くからある上総掘りという井戸掘り技術の応用であった。
上総掘りでは逆止弁の付いた鉄管を水で満たした穴に入れ上下に動かし、土を泥水と一緒に土を汲み上げる掘削技術である。
鉄管を上に引き上げる際、竹の弾性力を使うが波動式湧昇ポンプでは波力を使う点だけの違いである。
後にVershinskyが1983年に波力を利用し深層水を汲み上げる人工湧昇装置の最初の開発者である事を知った。
- 先行事例
オーストラリア・グリフィス大学ゴールドコースト校の論文では湧昇水量に関し以下の様に述べている。
「上端にフロートを備えた垂直管で構成され、逆流防止弁が装備され波の上下運動により、管内の深層水(DOW: Deep Ocean Water)を表層に汲み上げる。
効率は波の高さ0.35mのうねりの中、断面積0.071平方メートル(直径0.3m)のチューブで、30mの深さから毎秒10リットルを4秒周期で汲み上げる能力が実証された。」
逆止弁方式湧昇ポンプの利点については
1: シンプルな設計で小型化が可能。
2:波力のみを利用するためエネルギー供給が不要。
実用規模での効率向上が必要で波のエネルギー変換効率は入射波エネルギーの6%程度とされた。
以下の目的での利用可能とされた。
1:栄養豊富な深層水を表層に供給し、海洋生態系や漁業資源の増強。
2:台風やサイクロンの影響軽減(海面水温の冷却による)。
図3-1:波動式湧昇ポンプイラスト=出典:グリフィス大ゴールドコースト校

波力による人工湧昇ポンプ開発はハワイ大学、オレゴン大学によるハワイ沖での大規模試験を最後に新たな実験情報は見られない。
- 日本初の逆止弁方式の波動式湧昇ポンプ
NPOエスコットでは芝浦工業大学、機械工学部、旧田中耕太郎研究室と共同で2019年から波の上下運動だけで低層海水を汲み上げる逆止弁方式の波動式湧昇ポンプの開発を行った。
1:波動式湧昇ポンプの湧昇原理
2:波動式湧昇ポンプ構造と役割、破損について
3:波動式湧昇ポンプの湧昇効果と湧昇量について
4:波動式湧昇ポンプの可能性
- 波動式湧昇ポンプの湧昇原理
海面に浮かせた丸ブイの上下運動により海中に吊り下げられた湧昇ポンプが上昇と下降を繰り返す。
①上昇時には上部弁体が閉じ湧昇管上部が密閉され内部の水と共に上昇する。
②下降時には水の慣性と湧昇管下部から受ける上向き水圧により上部弁体が開き排水される。
図3-1-2:湧昇原理、出典:芝浦工業大学

図3-2:昆布を用いた湧昇可視化実験、出典:芝浦工業大学

図3-3:海中での湧昇画像、左:上昇時弁体閉鎖、右:下降時弁体開く*動画を編集した写真となる。

*吹き流しから下降時に弁が開き排水している状況が解る。
*波が小さい場合、弁体開閉幅は小さく、開閉回数が増える。
- 波動式湧昇ポンプ構造と役割、破損について
以下、3つ部分より構成される。
①浮体(ブイ)部=海面に浮かび波風のエネルギーをとらえる。
②逆止弁付き湧昇管部=浮体から海中に吊り下げられ低層水を汲み上げる。
③その他=湧昇管クリーニング、海底耕耘機能
図3-4:湧昇ポンプ全体のイラスト

① 浮体(ブイ)部=海面に浮かび波風のエネルギーをとらえる。
a:ブイと湧昇管周辺でのロープワーク
1:湧昇管牽引ロープと固定ロープを2本独立に使用し流失対策とした。
2:ブイの摩耗防止する為、その部分のロープをホースでカバーした。
3: 牽引ロープを逆止弁の左右2箇所とし湧昇管の回転、歳差運動由来のエネルギーロス対策とした。
4:ブイと固定部(アンカーまたは基幹ロープ)の連結では逆止弁からの排水方向を風下に保持するようにした。
図3-5: ブイ周りのロープ連結法

図3-5-1:ブイ穴が摩耗、写真左が通常ブイ穴

b:ブイ上の受風ポール
ブイ上部に受風ポールを対水平方向、約45°取りつけた。
図3-6:受風ポール

*塩ビ管キャップをシリコーンとビスで固定し受風ポールを取り付け
受風ポール取り付け効果
1:ブイの振り子運動による湧昇管引き上げ作用
2:受風ポールが風下側に倒れる事で弁体からの排水を風下側に維持
図3-7:ブイ倒れによる引き上げ効果

*引き上げ高(h)=ブイ半径(r)―ブイ半径(r)xcosθ
図3-8:風下側に倒れるブイ

*風下に傾斜する受風ポール付きブイ
図3-9:湧昇水の風下側拡散を示すイラスト

② 逆止弁付き湧昇管部
a:逆止弁
1:弁体中央部はポリカーボネート板2mmx2の2重強化構造とした。
2:上昇時の水圧を減らす為、弁体は斜め(対水平角30°)に取り付けた。
3:2~4万回/日の開閉に耐える軸の太い重量ヒンジを採用した。
4:不規則波での弁体開閉不全を減らす為、閉じ力弾性体としてタイヤを採用した。
5:弁体固定用ボルト、ナットには錆に強いSUS314を使用した。
図3-10:逆止弁画像

*塩ビ管接手VU100をベースにし普及の為の汎用性を高めた。
図3-11:逆止弁構造と各部名称

b:湧昇管
湧昇管素材には汎用性、加工性、経済性より排水管部品として使われる塩ビ管を使用。
湧昇管上部からVU100+異径接手VU100/200+VU200連結方式を採用した。
図2-11:湧昇管の連結構造

特徴:異径管による効果
i. 内海特有の小波、不規則波での高い反応性向上=5センチの波でも確実に湧昇
ii. 全体の軽量化=作業負担軽減、ブイ沈み込みロス低減、振動周期短縮
iii. 排水時の管内流速増加=海面での拡散面積の広域化
iv. 逆止弁の小型化=弁体、使用金具の破損対策、上昇時水圧抵抗軽減
c:その他=湧昇管のクリーニング、海底攪拌
湧昇管内にVP25の塩ビ管と10㎜ロープを組み合わせたクリーニング・バーを吊り下げ生物着生対策と海底攪拌機能を付加した。
図2-12:内部クリーニング兼海底攪拌バー

*バーの側面のロープが湧昇管の内面をスイープし生物着生を抑制
特徴と効果:
i. 生物付着防止=湧昇量維持
ii. 海底耕耘効果=海底堆積養分の再循環
iii. 湧昇管垂直支持=潮流による湧昇管の傾斜抑制
図2-13:生物着生
写真左上=フジツボ、右上=海藻と砂堆積、中断2枚=ワカメ着生、左下=ムール貝(管外部)、右下=カキ着生(管内部)

*生物付着は流量減少、重量増による振動回数減少となる。
③ 流失、破損
a:流失と原因と対策
i. ブイ+湧昇ポンプ本体セットごと流失x1回、原因はロープワーク強度
⇒漁業関係者の経験値に基づくノウハウ習得(薩摩縛り等)
ii. 湧昇ポンプ本体流失x1回、原因はロープ摩耗切れ
⇒予備ロープ投入
iii. 温度計測ブイ+ロガーケース流失、1回は不明(石巻鮫浦湾の委託計測で発生)
⇒委託先指導
iv. ロガーケース流失x7回、原因は固定強度不足、海底との反復衝突
⇒設置場所変更
v. ロガーケース漏水x5回、原因はパッキン部の汚れ、海底との反復接触
⇒ロガーケース内での2重防水、ケース内に連絡先記載
b:湧昇ポンプ破損と考えられる原因と対策
i. 弁体破損複数回、原因は強度不足⇒2重構造採用
ii. ボルトさび、変形、⇒SUS316に変更
iii. ヒンジ摩耗、年間0.1㎜ほどで許容範囲
iv. ワッシャー割れ、t1.5㎜に特注ワッシャー起用
v. 湧昇管内部クリーニング用鎖痩せ、バー+ロープ方式に変更
図2-14:破損部品画像=写真左上=弁体割れ、右上=ボルトさび、変形、左下=ヒンジ摩耗0.1㎜/年、中央下=ワッシャー割れ、右下=鎖細り

- 湧昇効果と湧昇量について
湧昇ポンプの有無による鉛直水温差比較で湧昇効率検証を試みた。
① 検証試験
試験水面:千葉県御宿町岩和田漁港
装置形態:湧昇管VU125、全長2m
検証方法:湧昇機能の在る湧昇管とない塩ビ管(共に長さ2m)を3m離して敷設し水深0.2m:2.0mの水温変化を比較(計測インターバル15分)
図3-1:試験実施図

図3-1-1:温度ロガー設置状況

表3-1:湧昇ポンプ有無による1週間の鉛直水温比較試験結果=2023.9.11~2023.9.18

*赤色の帯は湧昇ポンプ効果としての海面水温冷却層
表3-2:湧昇ポンプ有無による1日の鉛直水温比較試験結果=2023.9.15

*湧昇ポンプにより鉛直水温差が約半分に縮小
表3-2-1:湧昇ポンプ無しでの鉛直水温変化、水深0.3m:水深2.0m=2024.9.16―2024.11.29

*平均水温差=0.47℃
表3-2-2:改良型湧昇ポンプ(VU100/200)での鉛直水温変化、水深0.3m:水深2.0m=2024.9.16―2024.11.29

*平均水温差=0.21℃
水深2.0mの海水を水深0.3mに汲み上げたことにより平均水温差が46%低減した。
② 湧昇量計算
湧昇量については湧昇管内に収納可能なコンパクトな積算型流量計がなかった為、オーストラリアのグリフィス大学ゴールドコースト校の計算式を用いる。
表3-3:Griffith University Gold Coast Campusの計算式

*A はチューブの面積,H は谷から頂上までの波の高さ,T は波の周期を表す。
ポンプの最大上昇速度は水面の最大上昇速度と等しいと仮定する。
湧昇流の理論式:
Q_th=πAH/T (-∆ρ/ρ gAT)
(A : パイプ断面積、H : 振幅、T : 波周期)
(ρ : 水の密度、∆ρ : 密度差、g : 重力加速度)
水深の浅い層からの湧昇を前提とするので海水の比重差によるロスは無視する。
表3-4:湧昇量試算、上部管径100㎜+下部管径200㎜

*波高50㎝、周期3秒で約450㌧/日
③ 湧昇水の海面拡散面積試算
波高、周期は表3-4と同じとした。
表層流速の試算には以下、参考文献と千葉県年間平均風速(下線部数値)の中間値を採用した。水温差由来の比重差は深層海水汲み上げと異なり軽微であるため無視した。
表3-5:湧昇水の海面拡散面積試算

*拡散面積(水層厚=0.1m)は約4370m2/日と試算
*表層流試算での参考文献
a:参考文献:風による表層流に関しては東北大理学部地球物理,近藤純正氏が気象庁への問い合わせに対する以下、公開された返信文を起用した。
「海面付近の吹送流(風による表層流)の流速は、一般的に風速の3〜5%程度であることが多いとされています。」
b:千葉県沿岸部の年間平均風速は以下の情報を起用した。
「千葉県沿岸部の年間平均風速は、地域によって異なりますが、おおむね 3~4 m/s の範囲に収まる地点が多いとされています。」
(4)まとめ
1.鉛直水温推移を10㎝単位で計測し、特に水深0.1~3mの範囲でのデータ収集と解析を行った。
2.湧昇装置開発においては外洋に面した実験水域利用を通し実用性、耐久性のある装置開発が行えた。
水温計測における結論
1.水深0.1~0.3mの海水温は日射の影響を受け日中顕著に上昇する事を確認した。
海表面に広がる温水フタが水蒸気発生量を増やし、酸素、CO2の海洋への吸収を阻害しているものと考えられる。
2.夏期、水深2~3mには水深0.1~0.3mと比べ2~3℃低い海水層が存在する。
浅い海域での鉛直攪拌は海面水温上昇を抑えると同時に低層の栄養塩再拡散効果が期待できる。
この事実は管理困難な巨大湧昇装置による海洋深層水汲み上げ以外の選択肢を示すものと考える。
3.水深0.1~0.3m水温>水深2~3m水温の状況はほぼ終日、周年継続した。
貧栄養、貧酸素状態の継続は磯焼け、漁業不振の原因となっていると考えられる。
波動式湧昇ポンプ開発における結論
波動式湧昇装置並びにその効果についてのまとめとなる。
- ゼロエネルギー:
i. 波力のみでを利用するため、外部エネルギー源不要
ii. 2次汚染の発生を防止 - 多目的利用:
i. 夏から秋にかけて海面水温冷却による台風/豪雨制御
ii. 転流促進による低層のDO値改善による魚介類の酸欠死防止
iii. 海洋プランクトン増による魚介類の漁獲高向上
iv. 漁礁効果(湧昇管外部) - 汎用性と標準化:
i. 逆止弁以外は排水管(VU100とVU200)を使用、部品の汎用性を確保
ii. 漁業関係者が自ら製造、使用、販売、廃棄が可能 - 環境への配慮:
i. クリーニング・バーによる湧昇管内部での生態系(海藻、貝等)の着生防止 - 適応性:
i. 設置海域特性に応じサイズ調整可能
ii. 小型化軽量化により設置、撤去、廃棄が簡単
iii. 海洋散布肥料とのコラボレーションによる海洋肥沃化
iv. ノリ、アサリ、カキなど対象魚種に合わせた改良が可能
v. 既存ブイ、既設浮体(船舶、航路ブイ等)の活用
vi. 台風発生直後のウネリ到達時より湧昇水量アップ=揚水量の自動調整
将来的効果について:
i. 海面水温の冷却による水蒸気発生抑制=台風、ハリケーン、サイクロン大型化制御
ii. 沿岸湧昇海域創成による水産資源の活性化=人工の湧昇海域
iii. 河口域設置で堆積する養分再拡散による海洋肥沃化=貧栄養対策
iv. 海面水温冷却によるCO2回収量の物理的増加=DAC機能
v. 漁業の持続可能性向上=SDGs
進行中の関連研究:
i. 磁力シートによる鉄回収と再拡散、生物着生防止機能検証中
ii. 幹線ロープによる湧昇管外側の生物着生防止法検証中
謝辞:
本研究遂行にあたり。実験水域と機材保管庫の提供を快くお引受け頂いた御宿岩和田漁業協同組合の畑中英男組合長に深く感謝申し上げたい。畑中組合長には長い外洋での漁師経験に基づいた海洋現場ならではの知見に基づくアドバイスを頂戴した。
また、海域使用許可を頂いた御宿町役場にも感謝申し上げる。
更に大学ならではの視点からアイディア、装置提供を行って頂いた芝浦工業大学の田中耕太郎元教授並びに学生の皆様も感謝申し上げる。
参考文献:
1) Brian Kirke :Enhancing fish stocks with wave-powered artificial upwelling,Ocean & Coastal Management
Volume 46, Issues 9–10, 2003, Pages 901-915
2)高橋真夢:波力駆動式湧昇ポンプの揚水量及び鉛直変位の評価方法の構築 ,芝浦工業大学工学部卒業論文P9,P37,2021.
3)岡山水研報告 38 1〜7,2023
児島湾で実施した海底耕耘による栄養塩供給効果と底質改善効果
乾元気・高木秀蔵・山下泰司・古村振