ホタテ養殖水域に於ける鉛直水温調査報告
この石巻・鮫浦沖の現場データから見ると、ホタテ養殖のリスクは**「単なる高水温」ではなく、夏〜秋にかけての“高水温+水温スパイク+酸素低下リスク”の複合ストレス**として評価すべきです。
結論から言うと、8月後半〜9月は中〜高リスク、27℃を超える局面では緊急リスクです。

報告書:
1. 現場データ上の最大リスク
この資料では、水面下5mと8mの水温を2023年2月〜10月に測っています。8月は平均で、5mが22.99℃、8mが22.13℃で、最大水温差は3.1℃、さらに27℃以上の水温記録が確認されています。(npo-escot.org)
ホタテは25℃以上の日が続くとへい死リスクが高まるとされ、26℃では高水温ストレスが生残率低下に関係します。(気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT))
したがって、5m層で27℃以上を記録したことは、養殖水深そのものが一時的に致死域へ入った可能性を意味します。

2. 9月の方がむしろ危険な可能性
資料のまとめでは、平均水温は**8月22.56℃、9月24.64℃**で、9月の方が約2℃高かったとされています。(npo-escot.org)
これは重要です。一般には「真夏の8月が危険」と考えがちですが、現場では9月に基礎水温が高止まりしており、そこに日射・潮汐・無風・弱混合が重なると、25℃超過の継続リスクが大きくなります。
つまり、石巻型の現場では、
8月後半:急性リスク
9月:慢性ストレスリスク
と見るのが妥当です。
3. 水温差スパイクは「個体差・成長差・へい死差」の原因になり得る
資料では、6〜9月にスパイク状の水温差が顕著になり、満潮時刻の約1時間後に発生していたと整理されています。(npo-escot.org)
これは、単に「5mと8mで温度が違う」という話ではなく、潮汐により冷水塊・温水塊が断続的に養殖層へ入ることを示します。ホタテにとっては、安定した環境ではなく、短時間で温度が上下する環境になります。
このため、同じいかだ・同じ耳吊りでも、位置や垂下深度によって、
- 成長が良い個体
- 衰弱する個体
- へい死しやすい個体
が分かれる可能性があります。資料でも、潮位変化による水温差拡大がホタテ回収時の個体別成長差を生む可能性があると考察されています。(npo-escot.org)
4. 酸欠リスクも同時に上がる
水温が上がると海水中に溶け込める酸素量は下がります。資料でも、水温が5℃上昇すると酸素飽和濃度は約8〜10%減少すると整理されています。(npo-escot.org)
したがって、27℃近い高水温が発生した場合、ホタテは単に「暑い」だけでなく、酸素が少ない水で代謝負荷が上がる状態になります。これがへい死を押し上げる可能性があります。
5. リスク評価表
| 条件 | リスク | 現場上の意味 |
|---|---|---|
| 23℃未満 | 低〜注意 | 通常管理範囲。ただし稚貝では警戒開始 |
| 23〜25℃ | 中リスク | 成長鈍化・体力消耗が始まる |
| 25〜26℃ | 高リスク | 継続するとへい死増加の恐れ |
| 26〜27℃ | かなり高リスク | 高水温ストレス+酸欠の複合影響 |
| 27℃以上 | 緊急リスク | 急死・大量へい死の危険域 |
石巻データでは、8月後半に5m層でも27℃以上が確認されているため、少なくとも一部期間は「緊急リスク」に入っていたと評価できます。
6. 湧昇ポンプ対策として導かれること
この現場情報からは、湧昇ポンプの目的はかなり明確です。
目的は、深い冷水を大量に上げることではなく、5〜8m間の水温差をならし、25℃以上の継続時間と27℃超過ピークを減らすことです。
資料でも、海水の上下攪拌による水温平準化はホタテの均質な生育環境にプラスに働く可能性があり、沖合・水面下8m以下に複数の湧昇ポンプを敷設することで、水温上昇抑制、酸欠抑制、プランクトン増加が期待できるとされています。
陸奥湾の現場に置き換えるなら、最初に見るべき指標はこの3つです。
1. 養殖棚の水深で25℃以上が何時間続くか
2. 26〜27℃のピークが出るか
3. 0.1m、1m、3m、5m、8mでどこに冷水が残っているか
特に、0.1mの水温が欠測している場合、表層の高温フタを見落とす可能性があります。ホタテ被害の説明には、養殖水深の水温だけでなく、表層高温フタが混合を妨げ、酸素供給を弱めたかを見る必要があります。
総合評価としては、石巻資料は、ホタテ養殖場でのリスクを
「夏季高水温」+「潮汐に伴う水温スパイク」+「酸素低下」+「深度別ばらつき」
として捉えるべきことを示しており、陸奥湾対策でも浅層〜養殖層の鉛直水温観測と、複数ポンプによる水温平準化が有効な対策候補になります。
現場担当:
場所:宮城県石巻市鮫浦漁港沖
敷設日:2023年2月~10月
水深:水面下5mと8m水温変化
現場担当:義興業株式会社
NPO法人エスコット
〒277-0011 千葉県柏市東上町4-17
試験場 千葉県夷隅郡御宿町上布施768-22
連絡先:080-4365-0861
水深5mの海水を海面へ湧昇させる意義
― ホタテ養殖層への熱負荷を軽減する予防的対策 ―
陸奥湾におけるホタテ養殖では、ホタテ自体は主に水深10m以深の養殖層に存在しています。そのため、水深約5mの海水を海面付近へ湧昇させる方法は、ホタテのいる場所を直接冷却するものではありません。
この方式の目的は、日射や高気温によって最初に暖められる海面付近の高温水形成を抑え、その熱が時間の経過とともに養殖層へ広がるのを軽減することにあります。
夏季の陸奥湾では、日射や高い気温によって海面付近の水温が上昇します。風が弱く、海水の鉛直混合が十分に起こらない状態が続くと、表層に高温水が滞留し、その後、潮流や風による混合によって、水深10m以深のホタテ養殖層にも高温の影響が及ぶ可能性があります。
そこで、水深約5mの比較的低温な海水を波動式湧昇ポンプによって海面へ送り、表層水と混合させます。これにより、海面付近の急激な水温上昇を和らげ、養殖海域上部に形成される高温水塊を小さくすることを目指します。
水深5mから海面へ湧昇させる主な利点
水深5m程度の海水を利用することで、次の効果が期待されます。
・日射で最も暖められる海面付近を直接冷却できる
・風や波による水平方向への拡散を利用できる
・表層に高温水が長時間滞留するのを抑えられる
・高温水が養殖層へ広がる前の段階で熱を分散できる
・深層水を使用する方式に比べ、ポンプ管を短くできる
・管内抵抗が小さくなり、波の力を利用した揚水量を確保しやすい
・設置、回収、点検、修理が比較的容易である
この方式は、ホタテを直接冷却するというよりも、養殖海域へ入る熱を上部で抑える「予防的冷却」と位置付けることができます。
水深10m以深からの湧昇との違い
水深10m以深の海水は、水深5mの海水よりも低温である可能性があります。そのため、単純な水温差だけを見れば、深い水を利用した方が大きな冷却効果を得られるように思われます。
しかし、管が長くなると、管内摩擦や水柱の慣性、逆止弁の抵抗などが増え、同じ波条件でも揚水量が低下する可能性があります。また、深い水には溶存酸素の低下、貝毒原因プランクトン、栄養塩などの問題が含まれる可能性もあります。
これに対し、水深5m程度の海水であれば、海面より低温でありながら、深層水に伴う環境リスクを比較的小さく抑えられると考えられます。
冷却効果は、取水する水の温度差だけでなく、実際の揚水量によって決まります。
冷却効果 = 揚水量 × 海面水温と取水水温の差
したがって、深い水を少量揚げる方式よりも、水深5mの海水を安定して多量に揚げる方式の方が、結果として有効な場合があります。
貝毒リスクへの配慮
陸奥湾では、麻痺性貝毒や下痢性貝毒の原因となる植物プランクトンが確認されています。
波動式湧昇ポンプ自体が貝毒を発生させるものではありませんが、取水層に貝毒原因プランクトンが存在する場合、その海水を海面付近へ移動させ、分布や拡散範囲を変化させる可能性があります。
そのため、実証試験では、青森県や関係研究機関が公表する貝毒情報を確認するとともに、必要に応じて次の項目を測定します。
・取水口付近の貝毒原因プランクトン
・吐出口付近の貝毒原因プランクトン
・水温
・溶存酸素
・クロロフィル
・塩分
・可能であれば栄養塩
深い層から直接海面へ揚水する方式と比較すると、水深5m取水は、深層に多く存在する可能性のあるプランクトンや栄養塩を大量に表層へ運ぶリスクを抑えやすい方法です。
ただし、貝毒リスクがないと断定するのではなく、監視情報と現場測定を組み合わせて、安全性を確認しながら運用する必要があります。
実証試験で確認すべき項目
水深5mから海面への湧昇効果を評価するためには、次の測定が重要です。
・海面付近、水深1m、5m、10m、15mの水温
・ポンプの実際の揚水量
・ポンプ周辺と対照地点の水温差
・冷却範囲の広がり
・冷却効果の持続時間
・潮流と風向による拡散方向
・溶存酸素の変化
・貝毒原因プランクトンの変化
特に重要なのは、単に一時的に何℃下がったかだけではなく、ホタテにとって危険な高水温が続く時間をどの程度短縮できたかという点です。
まとめ
水深約5mの海水を海面へ湧昇させる方式は、ホタテ養殖層を直接冷却するものではありません。
その目的は、
養殖海域上部の高温水形成を抑制し、養殖層への熱負荷を軽減する予防的対策
です。
波の自然エネルギーを利用して、比較的低温な浅層水を海面へ送り、表層の高温化を緩和することで、陸奥湾のホタテ養殖における高水温被害の軽減を目指します。
今後は、現場での水深別水温、揚水量、拡散範囲、溶存酸素、貝毒原因プランクトンなどを測定し、安全性と有効性の両面から検証を進める必要があります。

