「暑くなる未来」を予測するだけでなく、今できる対策を考える

海の自然エネルギーを利用した「波動式湧昇ポンプ」―酷暑・海洋高水温への新たな挑戦

世界各地で、これまでにない熱波、山火事、豪雨などが相次いでいます。

日本でも「命に関わる危険な暑さ」が珍しくなくなり、海でも高水温による養殖・漁業への影響が深刻な問題になっています。

気候変動については、将来さらに高温化するとの予測や警告が数多く示されています。

もちろん、将来を正確に予測し、CO₂排出量を削減することは極めて重要です。

しかし同時に、私たちはもう一つの問いを持つ必要があるのではないでしょうか。

「すでに起きている暑さに対して、今からできる具体的な対策はないのか」

NPO法人エスコットでは、この問いに対する一つの研究として、海が本来持っている低温水と波のエネルギーを利用する**「波動式湧昇ポンプ」**の開発と実証研究を進めています。

電気を使わず、波の力で海水を循環させる

波動式湧昇ポンプは、海面の波による上下運動と逆止弁を利用して、海中の比較的低温な水を上層へ移送する海水循環装置です。

大型の電動ポンプで大量の海水を強制的に汲み上げるという発想ではありません。

海に常に存在している「波」という自然エネルギーを利用して、継続的に海水を鉛直方向へ循環させることを目指しています。

エスコットでは千葉県御宿町などで実機を製作し、耐久試験、水温計測などを行いながら研究を続けています。

海は表面から底まで同じ温度ではない

夏の強い日射と弱い風が続くと、海面付近に熱が蓄積し、海面から数センチ~数メートルに高温の水層が形成されることがあります。

一方、その少し下には表面より温度の低い水が存在します。

そこで私たちが注目しているのが、

HCWL(Healthy Cooling Water Layer:健全冷却水層)

という考え方です。

単に「一番冷たい水」を汲み上げればよいわけではありません。

深い海底付近の水は低温でも、酸素が少ない場合があります。そのような水を無条件に表層へ運ぶことは、海洋生物にとって逆効果になる可能性があります。

そこで、水温だけでなくDO(溶存酸素)、塩分、流れなどを調べ、

「表層より低温で、なおかつ生物環境上できるだけ健全な水はどこにあるのか」

を探すのがHCWLの考え方です。

伊勢湾から東京湾へ―実際の観測データで調べる

エスコットでは伊勢湾の鉛直水温データなどを解析し、HCWLという考え方を2026年6月のGHRSST27札幌会議で発表しました。

現在は研究をさらに進め、東京湾についても水温、DO、流向・流速、気象などの観測データを組み合わせた解析を進めています。

東京湾の解析から見えてきた重要な点があります。

それは、

「深いほど冷たい。しかし、深くなるほど低酸素の危険も増える」

ということです。

したがって、波動式湧昇ポンプは単なる「冷水汲み上げ装置」ではなく、海域ごとの状態を観測しながら適切な水層を選び、海水を循環させる技術として研究する必要があります。

海面直下0.1mの「熱」に注目

さらに現在、私たちが注目しているのが、海面直下の非常に浅い部分です。

一般的な海洋観測では水深1m程度から測定することがありますが、太陽から最初に熱を受けるのは海面です。

伊勢湾の観測データでは、0.1mと1mの間にも水温差が確認されています。

エスコットでは御宿でも、0.1m、0.3m、2mなどの水温を比較し、

「真夏の太陽熱が海面直下のどの深さまで、どのくらい蓄積しているのか」

を調べようとしています。

この研究は、波動式湧昇ポンプが「どの深さの水を、どこへ運ぶべきか」を考える重要な基礎データになります。

「何℃冷やせるか」より、まず熱をどれだけ移動できるか

ここで私たちは、研究結果を誇張しないことも重要だと考えています。

現段階で、

「波動式湧昇ポンプ1台で海面水温を○℃下げられる」

とは言えません。

実際の海では潮流、風、波、日射、混合、海面からの熱交換など多くの要因が働くからです。

そこで現在は、ポンプが実際に運ぶ海水量を測定し、

「どれだけの量の、何℃低い水を、単位時間当たりに上層へ輸送できるのか」

という「鉛直熱輸送量」を科学的に評価する研究を進めようとしています。

実測した揚水量と水温差を組み合わせれば、装置が運ぶ熱量を定量的に評価できます。

その次の段階として、その熱輸送が実際の海面水温にどの程度影響するのかを現場で検証していきます。

もう一つの可能性―酸素の循環

波動式湧昇ポンプには、水温以外にも研究すべきテーマがあります。

海中の低温水がDO(溶存酸素)の不飽和な状態で海面付近へ運ばれれば、大気と海水との酸素交換が起こる可能性があります。

特に低温水は一般に酸素を溶かし込める量が大きいため、

「海面へ運ばれた水が波による撹拌を受けながら、どの程度再酸素化されるのか」

は興味深い研究課題です。

ただし、これも現時点では検証すべき仮説です。

極端に酸素の少ない底層水を大量に汲み上げることは避けなければなりません。

その意味でも、水温とDOを同時に評価するHCWLが重要になります。

そして将来―東京湾の熱と都市の暑さを考える

この研究には、さらに先のテーマがあります。

東京湾の海面は、巨大都市圏のすぐ隣にあります。

海面水温が変われば、海面と大気との間の熱や水蒸気の交換条件も変化します。

そこで将来的には、

東京湾の海面熱環境

海面から大気への熱・水蒸気輸送

海風

都市上空の熱・水蒸気・大気の収束

局地的な対流・降水

という「海洋と都市大気のつながり」まで研究対象を広げたいと考えています。

近年頻発する都市型豪雨についても、東京湾の海面熱環境を局所的に変化させた場合、大気や降水にどのような影響が生じるのかを数値気象モデルなどで検証する価値があると考えています。

ただし、波動式湧昇ポンプによって都市型豪雨を抑制できることが確認されたわけではありません。

これは、これから科学的に検証すべき研究仮説です。

「予測」から「適応技術の実証」へ

地球温暖化という巨大な問題を、一つの小さな装置で解決できるとは考えていません。

一方で、

「規模が大きすぎるから何もできない」

とも考えていません。

波の力を使う。

海の中にすでに存在する温度差を利用する。

低酸素水を避けながら健全な冷却水層を探す。

実機を作り、実際の海で測る。

効果がある部分と、ない部分をデータで明らかにする。

そして海洋、気象、水産、防災など異なる分野の研究者や行政、漁業関係者と一緒に検証する。

これがエスコットの進めようとしている研究です。

2026年9月には秋季の海洋関係学会でHCWLと鉛直熱輸送について発表する方向で準備を進め、10月には東京湾をテーマとするシンポジウムへの出展も予定しています。

私たちは、酷暑、高水温、低酸素、そして将来的には都市気象という問題に対して、

「自然の力を利用して、実際に何ができるのか」

を実機と観測データの両方から検証していきたいと考えています。

共同研究・実証への参加を呼びかけます

この研究には、海洋学、水産学だけではなく、気象学、熱工学、流体工学、数値シミュレーション、環境計測など多分野の知見が必要です。

NPO法人エスコットでは、大学・研究機関、行政、漁業関係者、企業、技術者などとの共同研究・実証を歓迎しています。

「海の表層に蓄積する熱を、自然エネルギーで少しでも動かすことはできないか。」

まだ答えは出ていません。

だからこそ、予測だけで終わらせず、測り、作り、試し、科学的に確かめる。

そこから、酷暑時代に向けた新しい適応技術の可能性を探っていきます。

コンタクト

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