東京湾、下がらない夜間水温

― 熱帯夜との関係を検証 ―

夜になっても、東京湾の海水温が下がらない

夏の日中、強い日射を受けた海面付近の水温が上昇すること自体は不思議ではありません。

では、太陽が沈んだあと、東京湾の海水温はどの程度下がっているのでしょうか。

NPO法人エスコットでは、東京湾で観測された2024年8月の毎時データを使い、「夜になっても水温が下がらない日」に共通する条件がないか検討を始めました。

今回注目したのは、水温だけではありません。

気温、風向・風速、表層と水深約5mの水温差、塩分、流向・流速、潮汐などを組み合わせて調べています。


「冷えない夜」を数値にしてみる

最初の解析では、暫定的にを「夜間冷却量」としました。

夜間冷却量=18時の表層水温 − 翌朝0~6時の最低表層水温

この値が小さければ、日没後も海水温があまり下がらなかったことになります。

さらに興味深いことに、一部の夜では翌朝の最低水温が18時より高くなりました。

つまり、

「夜なのに海水温が上昇する」

という現象も観測データに現れています。

指標冷えない夜その他の夜現時点での読み方
夜間冷却量0.08℃1.08℃冷えない夜を明瞭に識別
夜間平均風速4.30 m/s4.73 m/s弱風だけでは説明しにくい
夜間平均気温28.12℃27.87℃高いが差は小さい
表層-約5m水温差0.72℃1.88℃最も目立つ違い
約5m流速11.29 cm/s10.26 cm/s流向を含めた追加検証が必要


「風が弱いから冷えない」だけでは説明できない

当初考えた仮説の一つは、

「風の弱い夜は海面付近の熱が残り、水温が下がりにくいのではないか」

というものでした。

実際、検見川では夜間に風が非常に弱くなり、表層と約5m層の間に2℃以上の水温差が残る事例が確認されました。

これは「弱風・成層維持型」と呼べるかもしれません。

ところが、川崎では違う現象が見つかりました。

風が5~7m/s程度吹いているにもかかわらず、夜間水温が下がらない事例があったのです。

その際、表層と約5m層の水温差がほとんどなくなり、上層数mが一体となって高温になっているような状態も確認されました。

したがって、

「冷えない夜=弱風」

という単純な関係では説明できない可能性があります。


川崎では「水温上昇+塩分低下」

さらに川崎のデータを見ると、重要な変化がありました。

2024年8月26日夜の事例では、約5m層の水温が

27.20℃ → 28.80℃

へ上昇する一方、塩分は

30.19 → 28.26

へ低下しました。

この「高温化と低塩分化が同時に起こる」という特徴は、水塊がどこから来たのかを考える重要な手掛かりになります。

単純に外洋側から高温水が入ってきたと考えるだけではなく、

多摩川などから流入した河川水の影響を受けた暖かい低塩分水

についても検討する必要があります。

ただし、現段階では河川水が原因だったことを確認したものではなく、検証中の仮説です。


雨の1~2日後に何が起きるのか

ここで新しい研究課題が出てきます。

大雨が降った直後だけを見るのではなく、

流域降雨

河川流量増加

東京湾への淡水流入

塩分変化

水温変化

という時間差を見る必要があります。

多摩川上流域で降った雨が、河口や川崎沖の水温・塩分にどの程度の時間差で現れるのか。

今後、24時間、48時間、72時間の流域積算降水量と川崎沖の水温・塩分を照合することで検証できます。


潮の満ち引きも重要

もう一つ注目しているのが潮汐です。

高温水塊が移動しているのであれば、「満潮になった瞬間」だけを見るのでは十分ではありません。

満潮へ向かう数時間の上げ潮について、

流向・流速 → 水温 → 塩分

がどのような順番で変化するのかを見る必要があります。

さらに風向を加えることで、

風によって動いたのか、潮によって動いたのか、それとも両者が重なったのか

を検討できます。


東京湾の「冷えない夜」には複数のタイプがある?

現在までの予備解析から、少なくとも二つのタイプを想定しています。

① 弱風・成層維持型

風が弱く、昼間に形成された表層の高温状態が夜間まで残るタイプ。

② 水塊移動・混合型

風や潮流などによって暖かい水塊が移動し、夜間でも水温が下がらない、あるいは上昇するタイプ。

さらに川崎では、河川由来の低塩分水が関係する第三のタイプが存在する可能性もあります。

これらは現在検証中です。


「熱帯夜」と東京湾は関係しているのか

気象庁では、夜間の最低気温が25℃以上となる夜を一般に「熱帯夜」と呼んでいます。

陸上で熱帯夜が増えているとき、東京湾では何が起きているのでしょうか。

気温が高いため海から大気へ熱が逃げにくくなるのか。

弱風によって海面付近の熱が残るのか。

あるいは、風、潮汐、河川流入によって暖かい水塊そのものが移動しているのか。

現在の解析だけでは、まだ答えは出ていません。

だからこそ、

「熱帯夜の日には東京湾も冷えないのか」

を実測データから検証する意味があります。


海の「一日の最低水温」に注目する

海水温については「最高水温」が注目されがちです。

しかし養殖生物や沿岸生態系を考えると、

昼間どこまで上がったかだけでなく、夜にどこまで下がったか

も重要ではないでしょうか。

人間にとって熱帯夜が「昼間の暑さから回復できない夜」であるように、海でも高水温状態から十分に冷却されない時間が繰り返されれば、生物への影響を考える必要があります。

ただし、この生物影響についても、現段階では仮説であり、水温・溶存酸素(DO)・生物状態などを組み合わせた検証が必要です。

NPO法人エスコットでは、東京湾の毎時観測データを使い、

「東京湾は夜、本当に冷えているのか」

という視点から解析を続けます。

次の段階では、

熱帯夜/非熱帯夜 × 夜間水温低下量 × 風向風速 × 潮汐 × 流向流速 × 塩分 × 河川流入

を組み合わせ、「冷えない夜」の条件を検証していく予定です。


研究段階:データ解析・仮説検証中

本記事で示した関係は、東京湾全域への効果・因果関係を確認したものではありません。観測地点・期間を増やし、気象・潮汐・河川流量等との照合を進める必要があります。

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