漁業者と研究者がともに挑む、海洋環境改善プロジェクト
海洋実知共創プロジェクト
NPO法人エスコットからの提案
海水温の上昇、長期化する高水温、豪雨、台風など、海と気象を取り巻く環境は大きく変化しています。
こうした問題に対して、人工衛星、観測ブイ、気象データなどを使った解析は非常に重要です。
しかし、データを解析するだけでは分からないこともあります。
毎日のように海へ出ている漁業者は、
「今年の潮はいつもと違う」
「この風が吹くと水が変わる」
「この場所だけ水温の変化が違う」
「この時期になると魚の動きが変わる」
といった変化を、長年の経験から感じ取っています。
これらは必ずしも数値化されていませんが、長期間その海を見続けてきた人だからこそ持つことのできる、大切な「実知」です。
一方、研究者には、水温、溶存酸素(DO)、潮流、気象、衛星観測など大量のデータを整理し、その変化や関係を客観的に分析する能力があります。
私たちは、
漁業者の「実知」
×
研究者の「データ知」
×
海での「実証」
を一つにする必要があると考えています。
NPO法人エスコットは、この新しい取り組みを、
「海洋実知共創プロジェクト」
と呼び、漁業者、研究者、行政、企業などとともに進めることを提案します。
1.なぜ「実知」なのか
海は、研究室とは違います。
同じ湾内でも場所によって水深、潮流、水温、海底地形が異なり、風や波によって短時間で状況が変化します。
こうした海で長年仕事をしてきた漁業者は、船舶の操船や海上作業だけでなく、
波、潮、風、海底地形、季節変化、魚介類の状態、異常な海況などについて、多くの経験を蓄積しています。
私たちは、この現場で積み重ねられた経験と知恵を「実知」と考えます。
そして、この実知を研究者が持つ観測データや解析技術と組み合わせる。
どちらか一方がもう一方を補助するのではありません。
漁業者も研究者も、ともに海を研究する主体になる。
これが海洋実知共創プロジェクトの基本的な考え方です。
2.「海を知る人」と「データを読む人」が一緒に考える
研究者がデータだけを見て仮説をつくり、完成した研究成果を漁業者へ説明する。
それだけではなく、研究を始める段階から漁業者に参加してもらいます。
例えば漁業者から、
「昔はこの時期にこの風が吹くと海が冷えた」
「夜になると水温が下がっていた」
「最近は表面だけ異常に温かい日が増えた」
「この潮の時には魚の入り方が変わる」
といった経験を聞く。
研究者は、その話を手掛かりとして、水温、DO、潮流、風、日射、衛星海面水温などのデータを調べます。
そこで関係が見つかれば仮説を立て、実際の海で観測する。
経験 → データ解析 → 仮説 → 海上実証 → 観測 → 評価 → 改良
この循環を、漁業者と研究者が一緒につくります。
3.なぜ今、この仕組みが必要なのか
近年、海水温や海況の変化が漁業・養殖業に大きな影響を及ぼしています。
その深刻さを示す事例の一つが陸奥湾です。
令和7年度秋季の陸奥湾養殖ホタテガイ実態調査では、新貝のへい死率93.3%、未分散稚貝80.4%となり、いずれも昭和60年以降で最も高い値となりました。
調査では、高水温期間が過去最長であったことが大量へい死と成長不良の要因として挙げられています。
もちろん、これは陸奥湾という特定海域の結果であり、他の海域へそのまま当てはめることはできません。
だからこそ、それぞれの地域で海を知る漁業者と、データを解析する研究者が協力する必要があります。
4.観測するだけでなく、「海で試す」
海洋実知共創プロジェクトでは、海の変化を調査するだけではなく、必要に応じて改善方法を考え、小さな規模から実際の海で試します。
その一つの例が、NPO法人エスコットが研究・実証を進めている「波動式湧昇ポンプ」です。
波動式湧昇ポンプは、波による上下運動と逆止弁を利用して海水を循環させる無電力型の海洋環境技術です。
単純に「深い場所の冷たい水を汲み上げる装置」ではありません。
水温だけでなく溶存酸素なども確認し、生物環境上も健全な比較的浅い水層を選び、表層に蓄積した熱、鉛直方向の水温差、夜間混合、酸素交換などを含めて影響を検証していく必要があります。
そして実証には漁業者の力が欠かせません。
設置場所を考える。
船で装置を運ぶ。
係留する。
観測する。
付着物を清掃する。
異常がないか点検する。
台風などに備える。
そして、「実際に海がどう変わったか」を研究者と一緒に評価する。
装置をつくるだけでは、海洋環境技術にはなりません。
海で使い、観測し、評価する人がいて初めて技術になります。
5.漁獲高だけでなく「海そのもの」を研究対象にする
このプロジェクトの目的は、単に漁獲量を増やすことだけではありません。
海面付近に熱が蓄積すると、海面と大気の間では熱や水蒸気の交換が行われます。
こうした海面熱環境が、局地的な気象にどのように関係するのか。
また、海面付近の高温状態を緩和した場合、海洋環境だけでなく、大気への熱・水蒸気供給にどのような変化が生じるのか。
エスコットでは、これも重要な研究課題だと考えています。
ただし、波動式湧昇ポンプによって豪雨や台風などの気象リスクを緩和できることが、現時点で実証されているわけではありません。
これは、
「海面熱環境への働きかけが、気象リスク緩和につながる可能性があるのか」
を確かめるための研究仮説です。
だからこそ、漁業者による海上観測と研究者によるデータ解析を組み合わせ、実際の海で科学的に確かめていく必要があります。
6.漁業者を「研究協力者」ではなく「共同研究者」へ
これまで漁業者は、大学や研究機関の海洋調査に「協力する側」として位置付けられることが少なくありませんでした。
海洋実知共創プロジェクトでは、この関係を変えたいと考えています。
漁業者が持つ長年の経験そのものを、研究資源として位置付けます。
研究者はデータ解析、観測設計、科学的評価を担う。
漁業者は海の経験知、観察、海上作業、継続的な現場確認を担う。
企業は技術や機材を提供する。
行政は制度や財政面から支える。
そして、それぞれが同じ課題について考える。
現場知と科学知の上下関係ではなく、異なる専門性を持つ者同士の共同研究です。
7.漁業者の「第二の生業」にもつなげたい
この仕組みが継続するためには、漁業者の善意や無償協力だけに頼るべきではありません。
海洋観測、観測機器の設置・回収、環境改善設備の設置・維持管理、海況異常時の調査、研究機関との共同観測などを、地域の仕事として成立させる仕組みも必要です。
気候変動によって漁獲が不安定になるのであれば、
「魚を獲る・育てる仕事」に加えて、「海を調べ、守り、改善する仕事」でも収入を得られるようにする。
それによって、漁業者の経験と船舶、海上作業能力を地域の新しい社会資源として生かすことができます。
私たちは、
気候変動によって失われる可能性のある漁業の仕事を、気候変動に対応する新しい仕事にもつなげる
という考え方を、国や自治体とも議論していきたいと考えています。
8.研究成果は「装置の台数」ではなく「海がどう変わったか」
このプロジェクトで最も大切なのは、特定の装置を普及させることではありません。
例えば波動式湧昇ポンプを100基設置したとしても、それだけでは成果とはいえません。
大切なのは、
「海が実際にどう変わったのか」
です。
設置前と設置後を比較する。
実証海域と対照海域を比較する。
水温、DO、流況などを測定する。
生物への悪影響がないか確認する。
効果がなければ方法を変える。
問題があれば中止する。
改善が確認できれば、その理由を解析する。
この科学的な検証を、漁業者と研究者が一緒に行います。
9.波動式湧昇ポンプだけのプロジェクトではありません
海洋実知共創プロジェクトは、エスコットの波動式湧昇ポンプを普及させるためのプロジェクトではありません。
海洋環境の変化に対して有効で、安全性を確認でき、科学的な評価が可能なものであれば、国内外のさまざまな技術や観測方法を検討対象にしたいと考えています。
場合によっては、装置を使わない方法が最も適切かもしれません。
重要なのは、
「何を売るか」ではなく、「変わりつつある海にどう対応するか」
です。
10.まず一つの海から始める
海は地域によって全く違います。
水深、水温、DO、波高、潮流、生態系、漁業形態、使用できる船舶、作業可能な季節も異なります。
したがって、最初から全国共通の答えを求めるのではなく、一つの海域から始めます。
漁業者から聞く
↓
データを調べる
↓
仮説をつくる
↓
小規模に実証する
↓
一緒に観測する
↓
評価する
↓
改善する
このサイクルを繰り返します。
エスコットでは、千葉県御宿町・岩和田漁港などで波動式湧昇ポンプの耐久試験や水温計測などを進めてきました。
こうした現場を一つの出発点として、さらに高水温による深刻な影響が報告されている地域などとも情報交換し、それぞれの海域に適した共同研究へ発展させたいと考えています。
11.「海洋実知共創プロジェクト」に参加しませんか
このプロジェクトは、まだ完成した制度でも事業でもありません。
NPO法人エスコットからの構想・提案です。
だからこそ、エスコットだけで決めるものでもありません。
漁業者・漁協、大学・研究機関、国・自治体、海洋・水産関係企業、環境技術企業、気象関係者、報道機関など、さまざまな立場の人に参加していただきたいと考えています。
特に、海を長年見続けてきた漁業者の皆様から、
「昔の海はこうだった」
「最近こんな変化がある」
「研究者にはこういうことを調べてほしい」
「この場所なら実証できる」
「こんな方法なら漁業者も参加できる」
という意見を聞くところから始めたいと思います。
研究者の皆様には、その経験知をデータによって検証し、新しい研究仮説へ発展させていただきたいと考えています。
そして行政・企業には、それを継続可能な研究、事業、地域の仕事へ発展させる仕組みを一緒に考えていただきたいと思います。
海を知る人と、データを読む人が、一緒に海で答えを探す。
それが、
「海洋実知共創プロジェクト」
です。
漁業者の経験知と研究者のデータ知を結び、
漁業を守る。
海洋環境を守る。
そして、海面水温上昇に端を発する気象リスクについても、海から何ができるのかを研究する。
NPO法人エスコットは、漁業者を単なる研究協力者ではなく、海洋研究・環境対策をともに担うパートナーとして、まず小さな海域での共同研究と実証から始めたいと考えています。
海洋実知共創プロジェクト
― 漁業者と研究者がともに挑む、海洋環境と気象リスクの研究 ―
共同研究、実証フィールドの提供、漁協・漁業者の参加、研究機関との連携、行政との実証事業、技術・情報提供、取材などを歓迎します。
※本プロジェクトはNPO法人エスコットが提案する構想段階の取り組みです。個別技術による海洋環境や気象への効果については、実測確認済みの事項、データ解析結果、技術的推定、検証中の仮説を区別し、海域ごとの観測と実証によって評価していきます。
エスコットの波動式湧昇ポンプの開発目的

「日本海洋学会2026秋季大会 発表ポスター(PDF)を見る」

