気候変動と海洋アクション― 冷えない海、都市型豪雨、そして波の力でできること ―
― 東京湾・伊勢湾・御宿の観測から考える「沿岸表層熱」と波動式湧昇ポンプ ―
近年の猛暑は、陸上だけの問題ではありません。
夏の沿岸海域では海面付近の水温が高い状態が続き、夜になっても十分に下がらないことがあります。
NPO法人エスコットでは、東京湾、伊勢湾、千葉県御宿などの水温・気象データを調べながら、一つの問いを追っています。
「海面付近に蓄積した熱を、自然の波の力を利用して動かすことはできないか?」
海を人工的に大規模冷却しようという考えではありません。
海面だけでなく、そのわずか数m下まで含めて海の鉛直構造を見ると、表層より低温の水が存在する場合があります。
その水を選択的に循環させたとき、
表層水温、鉛直混合、海洋生物の環境、さらに海から大気への熱・水蒸気交換はどう変化するのか。
現在、私たちはその可能性を検証しています。
1.東京湾は夜になっても冷えないのか?
猛暑・熱帯夜と「海の冷えない夜」
気象庁では、夜間の最低気温が25℃以上の日を「熱帯夜」としています。
人間にとって熱帯夜は、「昼間にたまった熱が夜になっても抜けない」ことを実感する現象です。
では、すぐ隣にある東京湾はどうでしょうか。
エスコットでは、2024年8月の東京湾の毎時観測データを使い、
「18時の表層水温から翌朝0~6時の最低水温まで、どのくらい水温が下がったか」
を「夜間冷却量」として試算しました。
その結果、夜間にほとんど冷えない日が確認されました。
東京湾の予備解析
| 項目 | 「冷えない夜」 | その他の夜 |
|---|---|---|
| 夜間冷却量 | 0.08℃ | 1.08℃ |
| 平均夜間風速 | 4.30 m/s | 4.73 m/s |
| 平均夜間気温 | 28.12℃ | 27.87℃ |
| 表層-約5m水温差 | 0.72℃ | 1.88℃ |
| 約5m流速 | 11.29 cm/s | 10.26 cm/s |
【図1挿入】東京湾「冷えない夜」と通常の夜の比較グラフ
興味深いのは、単純に「風が弱かったから海が冷えなかった」とは説明できないことです。
弱風によって表層の成層が維持されたと考えられるケースがある一方、ある地点では5~7 m/s程度の風があっても夜間水温が下がらず、上層数mがほぼ均一に高温となるケースも確認されています。
さらに、水温上昇と同時に塩分が低下したケースもあり、河川などから流入した比較的暖かい低塩分水の移動が関係している可能性も検討しています。
ただし、これは現在のところ検証中の仮説です。
そして、ここから次の研究課題が生まれます。
熱帯夜の日には、東京湾も冷えないのか?
現段階の解析だけでは、まだこの因果関係を断定できません。
今後、気温、風、潮汐、流況、塩分、河川流入などを組み合わせて検証していきます。
関連資料:NPO法人エスコット「東京湾、下がらない夜間水温 ― 熱帯夜との関係を検証 ―」
2.高温の伊勢湾は都市型豪雨と関係するのか?
東京湾で見えてきた「海面付近に熱が残る」という問題を、もう少し大きな視点で考えてみます。
海面水温が高くなると、海面から大気へ供給され得る水蒸気量も変化します。
そこでエスコットでは、2024年8月24日の伊勢湾湾央の水温データと名古屋の気象データを組み合わせて解析しました。
この日の伊勢湾湾央0.1mの水温は、
- 09時 29.77℃
- 12時 29.54℃
- 14時 29.34℃
- 17時 29.28℃
- 20時 28.93℃
- 22時 28.73℃
で、夕方から夜になっても海面直下は約29℃という高い状態を維持していました。
この水温から海面側の飽和水蒸気圧を試算すると、日中には海面側が大気側よりおおむね6~9 hPa高い状態でした。
つまり、
海から大気へ水蒸気が移動しやすい条件
が存在していたと考えられます。
さらに14~20時には南~南南東の風が強まりました。
2024年8月24日に確認された流れ
高温の伊勢湾表層
↓
海面から大気へ水蒸気が移動しやすい状態
↓
南~南東風が継続
↓
名古屋・濃尾平野方向への暖湿気の輸送?
↓
局地的強雨との関係は?
【図2挿入】伊勢湾 → 名古屋方向への水蒸気輸送の模式図
名古屋では21時まではほとんど降雨がありませんでしたが、22時に1.5 mm、23時に28.5 mm、24時に31.5 mmの降雨が記録されています。
23時には気温も急低下し、風向もそれまでの南寄りから北北西へ反転しました。
時間的には、
09~22時:南寄りの暖湿気流
↓
21~22時:雷雨接近・高湿化
↓
23時:強雨・急激な気温低下・風向反転
という特徴的な変化がみられました。
ただし、ここで非常に重要な点があります。
この解析だけで「伊勢湾の高い海面水温が名古屋の豪雨を発生させた」と結論づけることはできません。
現在確認できているのは、
「伊勢湾から名古屋方向へ水蒸気が供給・輸送され得る条件が存在した」
ということです。
都市型豪雨には、大気の不安定性、風の収束、地形、積乱雲の発達など多くの要因が関係します。
したがって、伊勢湾の表層高温化が都市型豪雨にどの程度関係するのかは、今後検証すべき研究課題です。
表層水温が低かったらどうなるのか?
簡易的なバルク式を使った参考試算では、09~22時の有効13時間について、
0.1mの実測高水温を使った場合:約1.05 mm相当
に対して、
海面水温が5m水温と同じだったと仮定した場合:約0.55 mm相当
となりました。
差は約0.50 mmです。
これは実際に伊勢湾全体で0.50 mm蒸発量が増えたことを意味するものではありません。
湾央1地点の水温と名古屋の陸上気象データを組み合わせた技術的推定です。
しかし、
表層水温が変化すると、海から大気への水蒸気供給はどの程度変わるのか?
という研究課題を考えるうえで重要な手掛かりになります。
【国総研から提供予定の最新伊勢湾データをここに追加】
3.答えの一つは「わずか2m下」にあるかもしれない
千葉県御宿の0.1mと2.0m水温
では、高温になった海面付近の熱環境に対して、何ができるのでしょうか。
ここで重要になるのが、海面だけを見るのではなく、
海を縦方向に見る
という考え方です。
千葉県御宿で観測した0.1mと2.0mの水温を比較すると、時期や時間帯によって、わずか2m程度の水深差でも水温差が確認されます。
【図3挿入】御宿0.1m/2.0m水温比較グラフ
これは、「深海の冷たい水を大量にくみ上げなければならない」という話ではありません。
海域によっては、比較的浅いところにも表層より低温の水が存在する場合があります。
ただし、
冷たければどの水でもよいわけではありません。
水温だけでなく、溶存酸素(DO:水中に溶けている酸素)、塩分、濁度などを確認し、生物にとって問題のない水層を選択する必要があります。
特に低酸素の底層水を無条件に海面へ上げることは適切ではありません。
そこでエスコットでは、
「比較的浅く、低温で、生物にとって健全な水層を選択して利用する」
という考え方を重視しています。

4.波の力で海水を循環させる
波動式湧昇ポンプ
そこで研究しているのが「波動式湧昇ポンプ」です。
【図4挿入:波動式湧昇ポンプ概要書の装置イラスト】



波動式湧昇ポンプは、
波の上下運動+逆止弁
という非常に単純な仕組みで海水を一方向へ移動させる、外部電力を必要としない海水循環技術です。
波で装置が上下する
↓
逆止弁が開閉する
↓
海水が一方向へ移動する
↓
比較的低温で健全な水層の海水を上層へ循環させる
という原理です。

理論湧昇量
現在の基本仕様について、
波による上下動:0.5m
周期:3秒
と仮定すると、
約466 m³/日
(約466トン/日)
という理論湧昇量になります。
【図5挿入】「波0.5m → 16.2L/サイクル → 約466m³/日」の簡易図
これはあくまで計算上の理論値であり、現場で常時466m³/日を揚水できることを示す実測性能値ではありません。
実際の湧昇量は波高、周期、流況、装置の動きなど現場条件によって変化します。
研究の目的も単純に「海を冷やす」ことではありません。
選択的な海水循環によって、
表層熱
鉛直混合
溶存酸素
海洋生物環境
そして
海と大気の熱・水蒸気交換
がどのように変化するのかを検証することが目的です。
5.漁業者が「海洋気候対策」の担い手になる
禁漁期などの漁船・技術・経験を地域資源として活かせないか
そして、この研究にはもう一つ重要なテーマがあります。
誰が海を観測し、誰が装置を設置し、誰が長期間管理するのか。
その答えの一つとして、私たちは地域の漁業者に注目しています。
漁業者には、
- 漁船がある
- 海上作業の経験がある
- 波や潮流を知っている
- 海底地形や季節変化を知っている
- 海域利用や地域調整についての知識がある
- 日常的に海の変化を見ることができる
という大きな地域資源があります。
そこで御宿・岩和田では、
漁業者自身が波動式湧昇ポンプの製作・運搬・敷設・点検・補修・回収・海洋観測に参加する
という構想を提案しています。
これを岩和田だけの取り組みではなく、将来的には各地域の漁協へ展開できないかと考えています。
「獲る・育てる」から
「海を観測し、守り、管理する」へ
特に禁漁期などに活用できる漁船、人材、海上作業能力を、新しい海洋環境管理の仕事へつなげられる可能性があります。
例えば、
行政・研究機関
実証・環境保全・気候適応事業として支援
↓
漁協・漁業者
製作 → 運搬 → 敷設 → 点検 → 補修 → 回収 → 海洋観測
↓
大学・研究機関・NPO等
設計支援 → データ解析 → 効果・環境影響評価
という役割分担です。
ただし、これは現在構想・提案段階です。
海域利用、漁業権、安全管理、航行、環境影響などを確認し、地域ごとに漁協、行政、研究機関等との合意形成が必要です。
海面だけでなく「海の縦方向」を見る
今回紹介した研究を一つにつなげると、非常に単純な問いになります。
東京湾
夜になっても海面が冷えない日がある。
↓
伊勢湾
高温の海面は、大気への水蒸気供給や都市型豪雨と関係するのか?
↓
御宿
しかし、わずか2m下にも表層より低温の水が存在する場合がある。
↓
波動式湧昇ポンプ
その水を自然の波の力で選択的に循環させたら何が変わるのか?
↓
地域社会
その実証と管理を地域の漁業者が担うことはできないか?
私たちは現在、この一連の問いを、
観測 → データ解析 → 小規模実証 → 効果と環境影響の検証
という順序で研究しています。
現時点で分かっていること/まだ分かっていないこと
実測確認済み
東京湾では夜間に表層水温がほとんど低下しないケースがあります。御宿では0.1mと2.0mに水温差が生じる場合があります。伊勢湾では2024年8月24日に湾央0.1mが夕方まで約29℃を維持していました。
データ解析結果
2024年8月24日の伊勢湾では、日中の海面側と大気側の水蒸気圧差がおおむね6~9 hPaとなる時間帯がありました。
技術的推定
同日の伊勢湾について、簡易モデルでは0.1m実測水温と5m水温を仮定した場合で蒸発ポテンシャルに差が生じました。また波動式湧昇ポンプの約466m³/日は所定条件による理論試算です。
検証中の仮説
沿岸表層の熱環境を変えることによって、海から大気への熱・水蒸気交換に影響する可能性があります。都市型豪雨、酷暑などへの影響はまだ実証されていません。
構想段階
漁業者が波動式湧昇ポンプの製作・敷設・維持管理・海洋観測を担う「地域海洋気候対策」の仕組みは、今後地域とともに検討する提案です。
今後の研究
今後は、東京湾・伊勢湾・御宿などで、
水温・DO・塩分・流況・風・湿度などを同時に観測し、海面付近の熱がどのように形成され、移動し、夜間に失われるのか
をさらに検証していきます。
伊勢湾については、新たな観測・解析データも加えながら、海面水温と大気への熱・水蒸気供給との関係を検討する予定です。
波動式湧昇ポンプについても、単に「何台設置したか」ではなく、
海が実際にどう変わったのか
を水温、DO、流況、生態系等の観測によって評価することを重視します。
私たちが検証したいこと
「夏の海面に蓄積する熱を、自然の波の力と海自身が持つ鉛直水温差を利用して緩和できるのか。」
そして、それが水産、海洋環境、沿岸の気候適応にどのような意味を持つのか。
NPO法人エスコットでは、漁業者、研究機関、大学、行政等との共同研究・実証を通じて、この問いを検証していきます。
NPO法人エスコット
波動式湧昇ポンプ・海洋環境研究
【主な関連資料】
・東京湾「下がらない夜間水温―熱帯夜との関係を検証―」
・御宿 0.1m/2.0m 水温比較
・「論文資料:海面水温と豪雨」
・「波動式湧昇ポンプ概要書」2026年8月
・「御宿・岩和田の海から始める『地域海洋気候対策』のご提案」2026年8月31日

For International Readers
Climate Change and Ocean Action
Coastal Surface Warming, Urban Heavy Rainfall, and Wave-Powered Seawater Circulation
Coastal oceans are also being affected by increasingly hot summers.
In some coastal areas, surface seawater remains warm even at night. ESCOT is examining this phenomenon using observational and meteorological data from Tokyo Bay, Ise Bay, and Onjuku, Chiba Prefecture.
Our central question is:
Can heat accumulated near the sea surface be moderated by using the ocean’s own vertical temperature structure and the natural energy of waves?
This research does not aim to “cool the ocean” on a large scale. Instead, it focuses on the possibility of selectively circulating relatively cooler and environmentally suitable seawater from shallow subsurface layers toward the surface.
1. Tokyo Bay: Why does the sea sometimes fail to cool at night?
An analysis of hourly data from Tokyo Bay in August 2024 found nights when the surface water temperature decreased very little.
In a preliminary comparison, the nighttime cooling was approximately:
0.08°C on “non-cooling nights”
versus
1.08°C on other nights
The analysis also suggests that weak winds alone cannot fully explain the phenomenon. Vertical temperature structure, currents, tides, salinity, and possible river-water influence may also be important.
At present, the relationship between tropical nights over land and reduced nighttime cooling of Tokyo Bay is still under investigation.
2. Ise Bay: Could high sea-surface temperatures be related to urban heavy rainfall?
On August 24, 2024, the water temperature at 0.1 m depth in central Ise Bay remained close to 29°C into the evening.
The estimated difference between the sea-surface saturation vapor pressure and the atmospheric vapor pressure was approximately 6–9 hPa during the daytime, indicating conditions favorable for water vapor transfer from the sea to the atmosphere.
Southerly to south-southeasterly winds also persisted before the heavy rainfall observed in Nagoya later that night.
This leads to an important research question:
Could a warm coastal sea surface contribute to the supply and transport of water vapor toward urban areas?
However, the present analysis does not demonstrate that high sea-surface temperature in Ise Bay caused the Nagoya heavy rainfall event.
This remains a hypothesis under investigation.
A simplified bulk-formula calculation also suggested that potential evaporation could differ substantially depending on surface water temperature. This estimate is a technical sensitivity calculation, not a direct measurement of evaporation over the entire bay.
3. Onjuku: Cooler water may exist only a few meters below the surface
Observations at Onjuku show that water at 2.0 m depth can be cooler than water at 0.1 m depth, depending on time and conditions.
This is important because it suggests that useful vertical temperature differences may exist within relatively shallow water layers.
The objective is not simply to bring up the coldest available water.
Water temperature, dissolved oxygen, salinity, turbidity, and other environmental conditions must be checked so that only biologically suitable water layers are considered.
4. Wave-Actuated Upwelling Pump
ESCOT is developing a wave-actuated upwelling pump that uses the vertical motion of waves and a check valve to create one-way seawater circulation without an external power supply.
The basic mechanism is:
Wave motion
→ Check-valve operation
→ One-way seawater flow
→ Vertical seawater circulation
Under a theoretical condition of 0.5 m vertical motion and a 3-second wave period, the calculated upwelling volume is approximately:
466 m³ per day
This value is a theoretical estimate, not a measured field pumping rate.
The research objective is to examine how selective seawater circulation may influence surface heat accumulation, vertical mixing, dissolved oxygen conditions, marine ecosystems, and air–sea heat and moisture exchange.
5. Fisheries as partners in regional ocean climate action
ESCOT is also considering a social implementation model in which local fishers participate directly in ocean monitoring and environmental management.
Fishers already possess vessels, offshore working skills, knowledge of local waves and currents, and practical experience with seasonal marine conditions.
A possible future framework could involve fishers in:
manufacturing → transportation → installation → inspection → maintenance → recovery → ocean monitoring
This could add a new role to conventional fishing activities:
from “harvesting and cultivating marine resources”
to “monitoring, protecting, and managing the local sea.”
This concept is currently at the proposal and planning stage and would require coordination with fisheries cooperatives, local governments, researchers, and other stakeholders.
What is confirmed, and what is still under investigation?
Observed facts
Nighttime surface cooling can be very limited in Tokyo Bay.
Temperature differences can occur between 0.1 m and 2.0 m depth at Onjuku.
Surface water in central Ise Bay remained near 29°C into the evening on August 24, 2024.
Data analysis results
The estimated daytime vapor-pressure difference between the sea surface and the atmosphere over the Ise Bay case was approximately 6–9 hPa.
Technical estimates
Potential evaporation calculations and the theoretical pumping volume of approximately 466 m³/day are model-based estimates.
Hypotheses under investigation
Changes in coastal surface heat conditions may influence air–sea heat and moisture exchange and may therefore be relevant to urban heat and heavy rainfall processes.
Concept stage
Regional fishers may become active partners in future ocean-climate adaptation and monitoring programs.
Toward Ocean Climate Action
The key idea behind this research is simple:
Do not look only at the sea surface. Look at the vertical structure of the ocean.
If useful temperature differences exist only a few meters below the surface, and if that water can be circulated using natural wave energy, coastal communities may have a new way to investigate and manage marine heat stress.
ESCOT will continue to study these questions through observations, data analysis, small-scale field demonstrations, and collaboration with fishers, universities, research institutes, and public agencies.
NPO ESCOT
Wave-Actuated Upwelling Pump and Coastal Ocean Environment Research

